第53話 アリスの想い
「アリス……食べた時に言い忘れたけど、パンケーキ美味しかったよ。なんというか珍しい味だった」
「そうね……焦げた部分が苦みになり、甘さを引き立てるのよって、馬鹿にして!! ふん、憐みの言葉はいらないわ。次はもっとおいしいものをつくってあげるからみてなさい!!」
「そうだね、また一緒に作ろう。今度はお店のレシピで作ってみよ」
私は帰宅する刹那を見送りながら思う。今回は失敗だったけれど、次回こそはとリベンジを胸に誓う。そう、彼は次があるといってくれた。そんな些細な言葉で私の胸が躍るのを感じて、自分の恋心を自覚する。次はちゃんと料理をできるようにならなければ……お母さんに色々教えてもらおう。
それにしても今日は楽しかった。刹那に手料理をふるまうという計画は崩れて、刹那による料理教室になってしまったけれど……だけど本当に楽しかったのだ。
彼と料理を作っていると昔を思い出した。お父さんがまだ生きている時に一緒にパンケーキを作ったことがあった。何回やってもうまくいかなくて、お父さんもお母さんも苦笑していたけれど、それでもすごい楽しかったのだ。
もしも、もしもだ。刹那と付き合って、そのまま順調に交際を続けて、結婚したりしたら、あんな風になるのだろうか。私のお父さんとお母さんのような幸せな夫婦になれるのだろうか? 刹那と一緒に子供と料理をして、「お父さんの方が料理上手だね」とか子供に言われたりして、むくれた私は、彼に八つ当たりをするのだけれど、彼は笑って受け流すのだ。
私は刹那が作ってくれたパンケーキの残りを食べながらくだらない妄想に浸る。たぶん彼は頭がおかしいけれど、いいお父さんになると思う。
パンケーキを食べ終えた私は、自分の部屋へと戻り、本棚の後ろに隠してある本を読む。『好きな男の子を虜にする方法』と書かれた本で、恋愛のイロハが書いてある恋愛マニュアル本だ。刹那に観られそうになった時は心臓が止まるかと思ったものだ。正直隠してあるBL本を観られるより恥ずかしい。
私は恋愛の経験はほとんどないといってもいい。これまでそういったものとは無縁の人生を送ってきたのだから仕方ない。だから本を読むことによって、経験の差を埋めようというわけだ。相手は小学生のころからずっと彼を想い続けているヤンデレ少女だ。行動自体は常軌を逸しているが彼女の想いは本物である。私だって彼女に想いでは負けていないけれど、経験の差を埋めるために努力をするしかない。
今回この本に書いてあることを色々試してみたがどうだっただろうか? 例えば『手料理をごちそうして、彼をどきどきさせよう』と書いてあったから今回パンケーキを作ってみた。例えば『普段見せない服装で彼にせまってみよう』と書いてあったから、ちょっとお洒落な部屋着で彼に話しかけてみた。どうだっただろうか、彼は少しは私を意識してくれただろうか。
それにしても、お風呂上りの姿をみせるのはやりすぎだっただろうか? 勇気を振り絞ってみたけどどうだっただろう? 平静を装っていたが、今思い出しても恥ずかしい。
「でも、これで刹那も少しはどきどきしてくれたわよね……二宮さんに負けてられないもの」
次こそ、ちゃんとパンケーキを作れるようにと、今日刹那に教わったことをノートに書き足しているとノートの中に刹那の名前を見つける。それだけで思わず笑みがこぼれてしまった。そういえばデスノートのくだりの時に名前を書いたんだった。
そして、私はノートに書かれた一条刹那という文字の隣に、三千院アリスという文字を書き足し、相合傘を書く。くだらないおまじないだけれど、効果があるといいなと思うのであった。
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