第31話 二宮さんと私
パンケーキ屋さんに入った私たちは甘い匂いが香る中、三人で座っていた。目の前には感情の無い目をした二宮さん、その隣には刹那が何も考えていなそうな顔で笑顔を浮かべながら座っている。それにしても彼女はすごい行動力だと思う。わざわざ刹那を電車で追っかけてくるとは思わなかったわね……
「あ、桔梗にもお土産だよ、本当は明日にわたすつもりだったんだけどちょうどよかったよ」
「ありがとうございます、すっごい可愛いですね。宝物にしますからね」
彼がイルカのストラップを渡すとそれまで無感情だった二宮さんの目に輝きが戻る。心なしか店内を支配していた重い空気は軽くなった気がする。危ない……本当に死を覚悟するところだった。もちろん比喩だけれど……比喩でいいわよね?
「でも、すごい偶然だよね、桔梗は家に荷物がくるっていってなかった?」
「ええ、回収して暇になったので、せっかくだし、私も江の島にきたんです。たまたまお店の前を通った時に、刹那がパンケーキを食べたがっていたので合流できたらいいなって思ってお店を予約しておいたんですよ。刹那とパンケーキのお店に行けて嬉しいです」
そんな偶然あるはずないでしょうと思うが、刹那は「やっぱり幼馴染だからかな。桔梗のおかげで並ばないで済んだからラッキーだよ」とか言っているので信じたようだ。ポジティブサイコパスにもほどがあると思う。やはり刹那にはGPSと盗聴器が仕込まれているのだろう。
「でも……刹那が私を差し置いて委員長とデートとか、ちょっと嫉妬しちゃいますね」
「ひぃぃぃ」
そう呟いて彼女はニタァっと感情の無い目で笑った。私の背後で彼女の顔をみたお客さんが悲鳴を上げた。私も心なしか寒気がしてしまった。時々怖い顔になるのよね、この子。
「二宮さん安心して、これはデートではないわ」
「えー、俺はデートだと思ってたのに……あ、冗談だからそんなににらまないでよ、委員長……色々あってね、委員長と一緒に江の島来たんだ。でも桔梗に悲しい思いさせちゃったみたいだし、よかったら今度は桔梗の行きたいところ付き合うよ」
「本当ですか? じゃあ、ディズニーランドに行きたいです!!」
「いいよ、よかったら委員長も……」
「結構よ、私はネズミと刹那アレルギーなの」
「ネズミと同レベルの扱いされた!? あいつら害獣だよ。俺も害獣クラスって事?」
「違いますよ、刹那はどちらかと言うと私に幸せを運んでくれる神獣ですよ」
刹那の言葉に一瞬彼女からの殺気を感じた私はすぐさま、返答する。おねがいだから私の寿命を縮めないで欲しいわね……でも、これはちょうどいい機会だ。私は二宮さんに聞きたいことがあるのだから……
「ごめんなさい、刹那。水族館にハンカチを忘れてきてしまったみたいなの、本当に申し訳ないんだけど、取って来てくれないかしら。私が行くべきなんだけどちょっと疲れてしまって……私は二宮さんと話しているから行ってもらえない?」
「え、いいよー。今日一日結構歩いたしね。行ってくる」
「ごめんなさい、刹那……私もついていきたいのですが、私も委員長に話を聞きたい事があるので……」
私の言葉に刹那が立ち上がった、二宮さんは私の顔をみて察してくれたようだ。一瞬何か言いかけたがそのまま黙っていてくれた、私たちが刹那を見送ったタイミングで二宮さんが口を開く。
「それで……わざわざ二人っきりになったという事は私に話があるという事でしょうか? 残念ですが刹那は渡しませんよ。私も委員長に話があったのでちょうどよかったです」
「別に刹那はあなたのものではないと思うけれど……この前もカフェの子にデザート作ってあげて喜ばれてたし……」
「すいません、その話ちょっと詳しくお願いできますか?」
「ひぃぃぃ」
私の一言で二宮さんの目が無感情になる。私は素直に尊敬する。彼女は刹那の事を想ってこうまで心を揺さぶるのだから……でもちょっと怖いのよね、現に後ろの席から悲鳴が聞こえた。ホラー映画みたいよね。
「あなたに聞きたいのだけれど、刹那はあなたの事を家族みたいっていうし、あなたは刹那を愛しているというわね、家族や愛ってなんなのかしらね? だってあなたたちは血のつながりはないでしょう」
「え……? いきなり難しい事を聞きますね。そういえば委員長は以前カフェにお母さんらしき人ともう一人の男性といましたね……なるほど……大体わかりました」
私の言葉で二宮さんは色々察したらしい。どう答えようか悩んでくれている。刹那と一緒の時はどうしようもない一面ばかり目立つが別に会話ができないわけではない。むしろ普段は刹那よりもまともで賢いのだ。そうでなければクラスで人気者になれたりはしない。それにしてもカフェにいるところがみられていたとは……
「やはり家族とは愛という繋がりがあるからではないでしょうか? 委員長のいうように血のつながりは強いと思いますよ。本能と言ってしまえばあれですが、ほぼ無条件で親は子供を愛し、子供は親を愛しますからね。もちろん例外はありますが……」
「じゃあ、その愛はどこから生まれるんでしょうね。血のつながっていない人々はやはり家族にはなれないのかしら」
「そんなことはないと思います、それは積み重ねだと思います。例えばそれは優しくされたり、したりですね。そういった積み重ねもが好意に変わりやはり。愛に変わるかもしれませんね。それこそ親が子供を育てるように、子供が親に甘えるように……でも、それは血がつながってなくてもある事だと思います。だってそうでもしなければ養子や、夫婦の間には愛が存在しないことになってしまいますからね」
「積み重ね……わからないわね……私はまだ父と母にしかそんな強い感情を抱いたことが無いのよ」
私には二宮さんの言葉が分からない。私が愛したと思えるの人は父と母だけである。だけど母は新しい人も父にしたいといった。母は父の事をもう愛していないのだろうか? やはり血のつながりのない関係では本物ではないのだろうか? でも母は別の人と血のつながりもないのに新しい愛を紡いでいる。それがわからないのだ。
「そうですか……私も聞きたいことがあるのですが、委員長は刹那の事を愛してはいないのですか」
「ええ、まあ、仲良いとは思うけど愛してはいないと思うわよ」
「へぇー、そうだったんですか。それを確認したかったんです。それなら委員長とは友達になれそうですね」
私の言葉に二宮さんは少し安心したように笑った。彼女は彼女で心配だったのだろうか。確かに刹那に恋人ができたと聞いたら少し胸はモヤっとしそうだがそれだけだ。
「二宮さんに聞きたいのだけれど、あなたは昔、刹那に助けられていたわね、だからそれで好きになったんじゃない? でもそれは、愛といえるのかしら、たまたま救われたから好きになったんじゃないの? でもそれは……」
「それは違いますね」
彼女ははっきりという。私の言いかけた言葉をさえぎって彼女は即答をした。そして刹那との思い出を噛み締めるような表情で続きを語る。ああ、おそらく、私も刹那にお父さんの話をしていた時はこんな表情だったのかもしれない。だからこそわかる。彼女は本当に刹那を愛しているのだろうと。
「だってただ救われただけで好きにななんてなりませんよ。そうしたら警察官の人はみんなもてもてになるじゃないですか? でもそれは違いますとはっきり言えます。あの事件は私が刹那という人間を知るきっかけになっただけです。その後も彼と接して私の気持ちは愛に昇華したのです。それこそすべてをささげてもいいくらいに」
そう言う彼女の瞳には確かに狂気があったけれど、そこまで誰かを想えるのは羨ましいなとおもってしまったのだ。
実は私も刹那に救われたことがある。それは父が死んだ直後の話だった。ああ、この人は頭はおかしいけどいい人なんだなぁって思っただけで恋はしなかった。だから私がおかしいのだろうか? そう思っていたので彼女の返答は嬉しかった。
積み重ねで気持ちが昇華する。そういうこともあるのかもしれない。母もそうなのだろうか、そして父を忘れて新しい人と……私にはわからない。父との思い出は私だけでなく、母にとっても大事な思い出だったはずだ。それを忘れてまで他の人を大事に思えるようになるのだろうか? ああ、わからない。まだ血のつながり以外の愛が分からないのだ。
「まだ……私にはわからないのよ」
「委員長にもわからないことあるんだ? じゃあ、ググろうぜ」
「刹那!! 待ってましたよ、パンケーキを食べましょう!! 注文するのは刹那が帰ってくるのを、待っていたんですよ」
「いいね、お腹むっちゃ空いたんだよね。あ、ハンカチなかったよ、連絡先は教えといたからみつかったら電話くれるってさ」
「そう、ありがとう」
話に夢中になりすぎていて刹那が帰ってきたことにきづかなかったようだ。しかしずっと聞きたかった事が聞けた私は少しすっきりした気がした。私は父との思い出の場所を進む。私の問いの答えはいつか、わかるだろうか。
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シリアス回ですね。桔梗は刹那が絡まなければまともです。
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