第42話 正妻戦争 Zero

「すいません、遅れてしまいました」

「気にしないで、こちらこそ来てくれてうれしいわ」



 私が声をかけると委員長は……三千院アリスは読んでいた文庫本をカバンにしまう。微笑んでいるがその目は一切笑っていない。まるで好敵手をみる目で私をみつめている。それで私はすべてを悟った。愛を知らなかった少女は、真実の愛にたどり着いたようだ。本来ならばそれは祝福すべきことなのだろう。だが実際はそうはいかない。なぜならその相手は私の想い人だろうから……

 私は彼女の向かいに座る。刹那が働いているいつものカフェは定休日なので、今日は近所のチェーン店である。刹那の入れたコーヒーでない時点で泥水と同価値だが、何も注文をしないで座るのは失礼というものだろう。私はとりあえず注文したコーヒーに口をつけた。



「話というのはやはり、刹那のことでしょうか?」

「ええ、そうよ。さすが二宮さん、話が早くて助かるわ、あと、これは返しておくわね」



 そう言って、彼女はカバンから、私が刹那と委員長に仕掛けていた盗聴器とGPSを取り出してテーブルの上に置いた。どうりで、刹那の声が聞こえなくなったわけだ。ここまでやるということは本気だという事だろう。でも、あれはフェイクにすぎない。まだ刹那のスマホにはアプリがある……



「ああ、それとあなたが刹那のスマホに入っていたアプリも消しておいたわよ。ご丁寧に偽装していたようだけど詰めが甘いわね」

「なっ!?」



 あわててスマホをみる私だったが、確かにアプリを起動しても刹那がどこにいるかわからないというか反応がない。完全にデリートされたのだろう。

 舐めたわけではないが、さすがは委員長と言わざるをえない。私の中でスイッチが入る。目の前の相手は敵だ、しかもかつてないほどの強敵だ。本気でヤらないと刹那が奪われる。



「中々やりますね……あなたも本気というわけですか? あなたとは友達になれると思っていたんですが……」

「あらあら、笑顔のくせに、目が笑ってないわよ、二宮さん。せっかくの可愛らしい顔が台無しじゃない。本気かですって? 当たり前でしょう。じゃなかったらこんなまどろっこしい事をしないでしょう? それにしても気が合うわね。私もあなたの事嫌いじゃないのよ……でも残念ながら、お互い仲良くはできそうにないわね」

「ひぃぃぃ!!」



 私と委員長は笑顔で笑いあう。彼女の目はかけらも笑ってはいなかったけど自分も同様なのだろう。背後でモブキャラが何やら悲鳴を上げて席を立ったがどうでもいい。まずは、どう刹那を彼女から守るかを考えないといけない。



「恋愛にルールはないという人もいるけれど、戦争にルールが必要なように、私は恋愛にルールああってもいいと思うの。これはいわば恋愛という名の戦争よ、どちらが彼のハートを射抜けるかのね……そうね、正妻を決める戦争、『正妻戦争』とでも名付けましょうか?」

「正妻戦争ですか……?」



 この人は何を言っているのだろう? 天才と馬鹿は紙一重と言うが本当らしい。そもそも刹那に私以外の女は必要がないのだからそんなルールは意味がないし、そんな戦争に参加する意味が見いだせない。



「悪いですが意味がわからないですね……話はそれだけでしょうか? それなら帰らせていただきますね」

「あらあら、ルールも聞かないで帰るなんてよっぽど自信がないのかしら?」

「安い挑発ですね、そもそも刹那は私のものなんですよ」


 私の言葉に委員長はあきれたようにため息をついた。そしてきれいな字で書かれたノートを私に見せる。




 『正妻戦争


 ルール1 刹那に告白してはいけない。刹那に告白されたものが勝者とする。

 ルール2 対戦相手に肉体的及び精神的な苦痛を直接与えてはいけない。

 ルール3 朝は二宮さんの時間、朝のホームルームは私の時間、昼は当番制、放課後は自由とする。

 ルール4 強制命令権 3回のみ相手に命令をすることができる。 例えばこの日はデートをしたいので邪魔をしないでほしいなど 』



 そのほかにも、細々と書かれている。どれだけの時間をかけて書いたのだろう。どれだけ考えて書いたのだろう。うわぁ……この人こんなあほだったんだ……とはいえ刹那が魅力的だからこそ彼女は狂わされているのかもしれない。それなら仕方ない。気持ちは痛いほどわかるから。



「別にあなたが降りてもいいけれど、その時は私は勝手なことをするわよ。あなたが盗聴器を仕掛けるたびに捨てるし、なんならいますぐラインで彼に告白をするかもしれない……それにあなたは公平な状況では私に勝てないと思ったのかしら。あなたの刹那への想いはその程度だったのかしら」

「なんですって……?」



 途中まで聞き流していた私だったが最後の一言でカチンと来てしまった。私の想いがその程度? 私にとって刹那は人生だというのに。挑発だというのはわかっている、私を勝負の土俵に乗せるためのたわごとだというのもわかっている。だけど……だけど……私の刹那への想いを馬鹿にすることだけは許せない。



「いいでしょう、安い挑発ですが、その喧嘩……いえ、その戦争受けましょう」

「フフ、ありがとう。あなたならそう言ってくれると思ったわ」

「ですがルールをじっくり読みたいのでこのノートを貸していただけますか?」

「もちろんよ、細かいルールはまた決めましょう」



 私はテーブルにある泥水のようなコーヒーを一気に飲み干して席を立つ。ああ、でも一つ確認しておかなければいけない。



「ちなみに全くの第三者が刹那にちょっかいを出してきた場合はどうしましょう」

「そうね……この戦争の話を話して乗らなかった場合は……」

『潰す!!』



 私たちの声が重なった。一瞬驚いて目を見開いたがすぐに笑みを浮かべ、私たちは握手を交わす。おそらくこれが最後の握手になるだろう。次に会う時は絶対負けられない戦争の始まりである。




「フフ、私達本当に気があうわね……あと、ごめんなさい。さっきのあなたの刹那への想いを侮辱したのは本気で言ってたわけじゃないのよ。」

「ええ、わかっていますよ、私を勝負の土俵に呼ぶためでしょう? 安心してください。どうあれ勝者は私ですから。完膚なきまでに倒してあげますね」



 そう言って私達は微笑みあって別れた。帰宅したらルールを確認して、彼女に有利要素がないか、私がどうやったら有利になるかを考えないと……でも少し疲れてしまった。刹那に会って元気を充電しないと……刹那の家に仕掛けてある盗聴器を聞いてみるがまだ留守なようだ。まあ、合いかぎはあるので部屋でまたせてもらおう。私は刹那の家へと向かうのであった。




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時系列は刹那が双葉ちゃんに料理を教えてもらっている時です。次は桔梗のホワイトデーの話になります。よろしくです。


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