第47話 そして私は決意した。

 水族館で一人の少女と、少年が、喧嘩をしているのを見て、私は目を離せないでいた。勝気に少年に文句を言っている少女がいる。あれはまるでかつての私の様だった。私は過去を思い出す。ツンデレだった中学の時を思い出す。

 彼に助けられて……それがきっかけで、彼と共に時間を過ごして……私は徐々に彼に惹かれていった。中学一年の頃には、私は彼を見るだけで、どきどきしてしまいまともにしゃべることも、顔をみる事すらもできなくなっていた。

 どうしようかと悩んでいるときに、私は彼がツンデレキャラが好きという話を聞いた。だからそのキャラになりきってしゃべることで、ようやく私は、きちんと話すことができた。

 照れ隠しできついことを言っても、彼は笑ってくれた。私が恥ずかしがって、素直になれなくても、彼はツンデレだーと喜んでくれた。だけど、それに甘えてばかりではいけなかったのだ。あの時、刹那に甘えるだけではなく、ちゃんと想いを伝えるべきだったのだ。多分だけど、強メンタルの刹那だったからこそ、未だに友好的な関係が続いているのだ。私は過去を思い返してそう思う。



 ある日、一緒に学校から帰っているときに、彼が言った。



『桔梗はさ、俺といつも一緒にいるけど、俺のこと好きなの』



 恥ずかしがりやな、私は照れ隠しにこう答えた。



『そんなわけないでしょ、幼馴染だから一緒にいるだけよ、勘違いしないでよね』



 そんなはずないのに、好きだから一緒にいるのに、素直になれない私はそういった。



 ある日、一緒に映画に行ったときに彼が言った。



『二人っきりで、映画ってやっぱりデートかな?』



 天邪鬼な私は、恥ずかしがりながらこう答えた。



『そんなはずないでしょ、幼馴染なんだからこれはお出かけよ』



 内心は刹那とデートできたと喜んでいたのにそういった。



 中学の頃の私たちは、何度も何度も、そういうやりとりを繰り返した。素直になれない私と、何も気にしない彼。それでも、彼は私の気持ちをわかってくれていると思っていたのだ。困ったときはいつでも助けてくれる彼ならば、わかっていくれると勘違いしていたのだ。

 今でも思う、あの時にもっと素直になればよかったのだと。「そうなの、あなたと一緒にいれて嬉しい」って言っておけばよかった。「あなたが好きでたまらないんです」といっておけばよかった。


 そう思ったのは、彼にいつものようにツンデレなことを言ったときに「俺も好きじゃないよ」と言われた時だった。世界が真っ暗になるように気分だった。 

 自分が言われて、これまで自分がどれだけひどいことをしてきたか初めて理解したのだ。だから今は、自分の気持ちに正直に伝えているが、彼は私の好意を信じてはくれない。かつて、恥ずかしいから何度も否定してしまった好意を、彼は信じてくれない。


 今からやることは自己満足だ。私が素直になっていれば、もっとうまくいったんではないかという可能性が、見たいだけの偽善行為だ。だけど……偽善とわかっているけれど……自己満足とわかっているけれど私は行動せずにはいられなかった。だから私は口を開いた。



「デート中にすいません、あの子たち喧嘩をしているみたいなので、声をかけてきてもいいですか? その……なんかほうっておけなくて……」

「ああ、もちろん。俺も行こうとしていたんだよね」



 彼は私と違い、100パーセントの善意で同意する。本当にすごいなぁと思う。そして、そんな彼が好きでたまらないと私は、再度認識する。私は軽い自己嫌悪に陥りながらも、少女たちに声をかけた。




「二人ともどうしたんですか、せっかくのデートなのに喧嘩なんてしたら台無しですよ」

「なによ、あんた!! あんたには関係ないでしょ」

「はは、確かにね、でもさ、困ってる人がいたら助けなさいって学校で習わなかったな? ねえ、少年」

「え、うん……」



 刹那と目が合うと彼はうなずいてくれた。こういうところはやはり幼馴染だろう。私は少女に声をかける。少女は睨んでいるけれど、別に私たちが憎いわけではない。それは二人っきりでいるのをみられることの恥ずかしさと、二人っきりを邪魔されたことによる幼い独占欲、ああ、自分の事のようにわかりやすい。



「あなた、そこの少年が好きでしょう」

「な……」



 私の一言で少女は顔を真っ赤にして顔をうつむかせる。やはりあっていたらしい。本当に過去の私みたいだ。だから私は助言をする。この子が私の様にはならないように、この子の恋が実るように。



「もっと素直にならないと駄目ですよ、そんな態度じゃあ、嫌われてしまいます」

「だって、あのバカ、私の気持ちに全然きづかないんだもん」

「それはあなたがちゃんと気持ちを伝えないからですよ。いいですか、いくら恥ずかしいからって、そんなの口を悪くしていると、将来後悔しますよ、もっと素直になったほうがいいです。じゃないと、よくわからないクールそうな女に奪われそうになります」

「うう……よくわからないけど、なんか無茶苦茶説得力があるわね……でも、どうすればいいのかしら……」



 刹那をみながら、私がため息をつくと、私の表情から何かを悟ったのか、少女が仲間をみるような目になった。



「こういうんです、まずはわがままを言ってごめんなさいと、素直に一緒にいれてうれしいわと、あなたの言葉であなたの気持ちを言うんです。あなたの好きになった人でしょう。絶対わかってくれますよ」

「うう……でも、恥ずかしいよう……」

「がんばりなさい、一生後悔するのと、今、少し恥ずかしい思いをするのどちらがいいですか?」



 少女はしばらくうつむいて「うう……」と唸っていたが、顔をあげ、私をまっすぐと見つめた。そうして私に決意に満ちた目で言った。



「わかったわ。お姉ちゃん!! 私もがんばるから、お姉ちゃんも頑張ってね」

「ええ、お互い頑張りましょう」



 そして少女は、少年のそばにきて、頭を下げた。少年は一瞬びっくりしていたがすぐ笑顔になる。




「悟、さっきはごめんなさい、私一緒に水族館にこれてうれしくて……でも恥ずかしくて……」

「大丈夫だよ、僕も一緒に来れて楽しかったから。デートじゃなかった……一緒にお出かけできて楽しかったよ」

「デートよ、これはデートなの! イルカショーはじまっちゃうから早く行きましょ」

「うん!! デートだぁ。大好きだよ!!」

「え……ああ、うん。私も大好き……早く行きましょ。お姉ちゃんもうまくいくといいね」



 少年と仲直りをした少女は、満面の笑みを浮かべて私に微笑んだ。私も笑顔で、手を振って応援をする。ああ、うまくいってよかったと思う。そして思ってしまう。



「あの二人うまくいくといいなぁ……私も、もっと早く素直になったら変わったのかな……」

「大丈夫じゃない、言葉にすれば想いは通じると思うよ。よくわからないし、俺に言われても嬉しくないかもしれないけど、俺は今の桔梗も、昔の桔梗も好きだよ」



 私の独り言は刹那に聞かれていたらしい。刹那が優しい言葉をかけてくれる。ああ、本当にこの人は私がへこんでいるときに欲しい言葉をかけてくれるのだ。でもね、彼の好きと私の好きは違う。彼の好きは幼馴染の好きだけれど、私の好きは恋愛の好きだから。私は勇気を振り絞って彼に聞く、中学の時に聞けなかったこと彼に聞く。だって、さっきの少女もがんばったのだ、私ががんばらないわけにはいかないでしょう。



「ありがとうございます……例えばの話なんですが、刹那は、ずっと友達だったり、幼馴染だったりした人が、実は恋愛感情を持っているって知ったらどう思います?」

「え、びっくりするんじゃない? だって、俺なんて好きになる人いないだろうし」

「刹那には、いいところはたくさんありますよ、だから俺なんかって言わないでください」



 自虐的なことを言う刹那に思わず声を荒げてしまった。だって彼はこんなにも素敵なのに。一瞬驚いていた刹那だったが、私が謝る前に彼は微笑む。



「そうだね、ありがとう、桔梗。さっきの話だけど、もし、そんな奇特な人がいたら俺だって真剣に考えると思うよ。だって、好きになってくれたってことは俺を認めてくれたってことだし、言葉にしてくれたってことは勇気を振り絞ってくれたってことだからね」



 彼はうーんと唸ってからそう答えた。実に彼らしい答えだと思う。だけど……私は勇気がわいた気がした。彼は確かに言ったのだ。考えてくれると。

 もう居ても立っても居られない。このまま彼と一緒にいたら、勢いで告白してしまいそうだ。だから私は苦渋の選択をする。彼はおそらく、今、私が告白してもちゃんと向かい合ってくれるだろう。でも……それではダメなのだ。委員長が私を挑発してくれたおかげで、私は一歩踏み出せた。だから私は彼女に、筋を通さないといけない。彼女と戦争をしなければいけない。



「そうですか……刹那、本当に申し訳ないのですが、ある人と、ちょっと話さなければいけないことができたので、今日はここで解散でいいでしょうか?」

「いいよ」



 もしかしたら嫌われてしまうかもしれないと、内心おどおどしていたのに、彼は笑顔で即答をした。どうして彼は嬉しそうなのだろう。




「怒らないのですか? 元々は一日中の予定だったのに……」

「怒るわけないじゃん、この前うちに来たときは、ちょっと思い詰めていて、今日もそんな感じだったけど、今はすっきりした顔してるんだもん。なんか、悩みが解決したんでしょ。だったら、善は急げって言うし、早く行動した方がいいよ。俺と遊ぶのはいつでもできるからさ」



 びっくりしている私に彼は笑顔で背中をおしてくれる。それにしても、悩んでいたことは気づかれていたらしい。嬉しいような恥ずかしいような複雑な気持ちである。でも、こんな風に優しい言葉をかけられたら好きにならないはずがないでしょう?



「刹那……ありがとうござます。私、絶対負けませんから!!」



 改めて彼への想いを再認識した私は、彼と一歩進むために戦争へと向かうことにする。でも、少しだけ我慢できずに一言だけ彼に思いを伝える。



「ああ、それと私だっていつまでも幼馴染でいるつもりはないですよ」



 せめて少しくらいならにおわせてもいいですよね。驚いた顔の彼をみて、私は微笑みながら委員長と合流するために水族館を後にするのであった。

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