楽園は腕の中

※ミカヅキ様の作品にゲスト参加させていただいた設定です。

※グラジオラスは終焉に咲く【https://kakuyomu.jp/works/1177354054896746768



 じゃらりと鎖が擦れる音がして、暗闇から影が現れた。人気のない倉庫裏に自分と影以外の気配はない。

 現れた相手が予想よりも小柄なことに驚いたが、目深に被った帽子で顔は見えない。といっても、こういった後ろめたい取引ではよくあることだった。


「それが例の武畜か」


 小柄な男が連れているのは鎖に繋がれた獣。見た目は人の姿に近いが獣の耳や尾、爪や牙を持つ、人ではないもの。


「思ったよりも大人しいな」


 口枷をつけられ、手には手錠。首輪につけられた鎖は小柄な男が持っている。そんな状況にも関わらず、暴れることなくじっと自分を見つめる姿は躾が行き届いた犬のようだ。一見すると子供のようにも見える小さな男が、調教したのだろうか。


「当たり前だ。この子はいい子だ」


 小柄な男は戸惑うことなく武畜に触れた。背を撫でる姿はこれから自分に売り払うとは思えないほど慈愛に満ちている。それに違和感を覚えたのだが、もはや遅かった。


「けれど私以外には少々粗っぽいかもな」


 そういって小柄な男が鎖を放す。声をあげる間もなく、先程まで大人しくしていた武畜が走りだし、瞬きの間に目の前に迫っていた。至近距離でギラギラと輝く瞳孔。いつの間にか外れている手枷をみて、罠だったのだと気づく。


「殺しはしないから安心してくれ」


 それは後始末が面倒なだけだろ。そう言う間もなく、左頬に強烈な痛み。一瞬だけきれいな夜空が見えた気がしたが、すぐさま視界はブラックアウトした。




「カリムーこれとってー」


 男の体を踏みつけながらラルスが振り返る。相手を騙すためには必要だったとはいえ、口枷はあの檻を思い出して気分が悪い。すぐさま鍵を取り出すと、目を輝かせたラルスが屈む。鍵穴に鍵を差し込めばカチャリと小さな音がした。音がするなりラルスは乱暴に口枷をはずす。


「あーやっとスッキリしたー。窮屈だったー」

「気持ちは分かるがあまり騒ぐな。誰か来たら困る」


 しぃーと口元で人差し指をたてると、ラルスも真似して、しぃーと小声で呟く。自分よりも大きい体で無邪気な仕草をするラルスがカリムは愛おしく思えた。頭を撫でれば尾が揺れる。目を細めて甘えるように頬をすり寄せるラルスを撫でながら、カリムは気絶した男をみた。


 こんなに愛らしい存在をただの獣として扱う醜い人間を。

 嫌悪の滲んだ目で男をみていたカリムにラルスは不思議そうな顔をし、少したってから何かに気づいた様子でカリムを覗き込む。


「ワタシはカリムにだったら飼われてもいいぞ」


 明るい声でそういうと、ラルスは牙を見せて笑った。ラルスなりの気遣いなのだろうが、無邪気な笑顔でそんなこといわれるとカリムの胸は余計に締め付けられる。


「私とお前は対等だろう」


 力一杯抱き締めると、ラルスは不思議そうな顔をしたが、すぐに嬉しそうに笑う。そっかー。と嬉しそうにつぶやく無邪気な声を聞きながら、こんな純粋な生き物を獣と扱う世界はおかしいとカリムは一人、世界を呪い、大事な存在を強く抱き締めた。

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