美味しいご飯にありがとう

こちらを読まないとよくわからない話になってます。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885697699/episodes/16817139555536090369






「おい、記事になってんぞ」


 地方の新聞をぼんやりと塀に寄りかかるマーゴに投げつける。いつも通りのジャージにジーパン姿。素材は悪くないのに適当な格好しかしないマーゴに顔をしかめつつ隣に並ぶ。


 新聞を受け取ったマーゴが何が? と首をかしげたので額を小突きながら該当の記事を示した。


 中学生、転落死。自殺か事故か。

 そんな見出しで書かれた記事には今、目の前で葬式を執り行われている中学生のことがかかれている。


「生前の行いが悪かったんだろうな。とくに怪しまれてる様子もねえけど、もうちょっと慎重にやれよ。警察動いたら面倒だろ」

「だって、追いかけたら勝手に落ちるなんて思わないでしょ。ボク悪くない。声かけただけなのに勝手に逃げたんだし」


 マーゴは不満だと隠しもせずに文句をいった。話を聞く限り本当に話しかけただけのようなので、向こうの勘が良かったのだろう。その勘の良さゆえに逃げて死んでしまったわけだが。


「まあ、どっちにしろ死ぬ予定だったから一緒か。お前、食べるつもりで追いかけたんだろ」

「あの子を殺してくれたら食べられてもいいっていってたから」


 にこにこと上機嫌に笑うマーゴを見るに美味しかったらしい。

 俺たちみたいな存在は相手の承諾を得られた方が質がよいものにありつける。しかしながらマーゴの場合、承諾を得られないことの方が多い。存在が希薄になっている幽霊は意志疎通すらとれないことも多い。とれたとしても死んだ後にわざわざ食べられたいなんて思う奴がいるはずもない。


 マーゴが追いかけまわして事故死した中学生は親が金持ちだったことを良いことに色々やらかしていたらしい。少し前にクラスメイトが自殺したのもソイツが首謀者だったと転落後にクラスメイトが告白した。自分も苛められて殺されるんじゃないかと思っていえなかったと被害者のように書かれていたが、マーゴから聞いた話によればクラス全体での苛めだったようだ。


 死んだ相手に罪を全て押し付けて学校側も同じく加害者のはずのクラスメイトたちもそ知らぬ顔。人間社会の闇だなと思うものの俺には関係のない話だ。正義感にかられて首を突っ込むような清い心などもってないし、むしろ新しい狩り場になるかもしれない。

 舌なめずりをするとマーゴが不満そうな顔をした。


「クティさんはいいなー。これからごはん一杯食べられそうで」

「一杯食べられるのは俺の努力の結果だ。お前より俺の方が条件面倒なんだよ。分かってんだろ」

「わかってるけど、幽霊っていそうでいないんだって。美味しそうだなって思う人ほど長生きするし」

「たしかに。旨そうだなって思う奴ほど隙がないんだよな」


 はああ。と二人同時にため息をつく。人間みたいに簡単に食事をとれない俺たちはいつだって食事のことで頭がいっぱいだ。チャンスを逃したら食事にありつけない。だからいつだって美味しそうで食べられそうな奴を探し回って生きている。


「ま、今回は美味しかったんだろ。良かったな」

「うん! 美味しかった!」


 満足そうにマーゴが笑う。

 目の前には葬式を執り行っている寺がある。少し前に自殺した中学生を弔ったそこで今度は加害者の弔いが行われている。自殺した中学生はどう思っただろう。別の場所にしてほしかったと嘆いたのか、同じ目にあっていい気味だと笑ったのか。すでに加害者と同じくマーゴのお腹の中だから答えを知ることはできない。


 風にのって坊主の唱えるお経がかすかに聞こえる。線香の匂い。小さな泣き声。いくら嘆こうとも安らかに眠れと祈ろうとも彼の魂はすでにここにはない。それを知らずに祈る様は滑稽だ。


 空を見上げれば人の死なんて関係ないとばかりに空は青く、入道雲が浮かんでいる。どこかで蝉が限られた余命を謳歌している。まとわりつく熱気に夏だなと目を細めた。


「また次も会えるといいなあ」


 マーゴがぼんやりと空を見上げながら呟いた。その表情は恍惚としている。


「彼、とっても美味しかったんだよね」


 すでに体の一部となった旨味を思い出し舌なめずりをする姿に可哀想だと思った。この分だと次生まれてきたときも美味しく食べられてしまうのだろう。

 生前の行いを考えたら当然の報いなのかもしれない。素直に全うに生きていればマーゴはに目をつけられることもなかったのだから。


「美味しかったなら礼儀はちゃんとしておけよ」


 そういうとマーゴはこちらを向いて無邪気な顔で頷いた。

 寄りかかっていた塀から離れ、姿勢を正すと両手を合わせ満面の笑みを浮かべる。


「御馳走様でした」


 この言葉で哀れにも食べられた奴の心が救われることはないだろうが、礼儀は礼儀。世の中は生き残った方、強い方に有利にできている。


 世界は弱肉強食なのである。


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