二人きりの世界の終わり

 サクサクと雪を踏みしめながら生悟が鼻歌を歌う。

 夕方から降り始めた雪は深夜の街を覆い隠す。コンクリートの道路が白に覆われたのを見て生悟は小さな子供のようにはしゃぎ、サクリ、サクリと真っ白な雪に足跡を残していく。


「みてみて、朝陽。足跡一番のり~」


 前を歩いている生悟は朝陽を振り返って楽し気に笑った。息を吐くごとにそれは白く濁る。鼻の頭や頬が赤く染まっても、そんなこと気にならないという顔で生悟は足跡を増やしていく。


「真っ先に足跡つけれるのは巡回の特権だよな」

「寒いですけどね」

「それを差し引いても余る特別感がある」


 そういいながらひたすら白い地面を見つめて足跡をつけていく姿は子供のようだった。一つ年上。出会ってから十年ほどの時がたち、お互い高校生になったが無邪気さは変わらない。

 それが微笑ましくもあり、怖くもある。

 何年たっても変わらない姿は、大人になることを放棄しているようだ。


 生悟は雪の日は地面を歩く。空を飛ぶと雪が冷たいし、積もると翼が重くなるから嫌なのだといっていた。それでも雨の日や風の強い日も必要とあれば空を飛ぶ。だから雪の日にわざわざ地面を歩くのは雪を踏みしめるのが楽しいという理由が大きいのだと朝陽は思っている。


「そんなに足跡つけるの楽しいですか」

「楽しい。だってさ」


 生悟はそういって両手を広げた。


「こうしてると世界に俺と朝陽の二人きりみたいだ」


 振り返れば足音は朝陽と生悟の二人分。真っ白な世界に点々と二人の足音が続いている。

 しんしんと降り積もる雪。灯りも消えた静かな住宅街。遠くの方で瞬く街灯の灯りは遠く、星と月の輝きが雪をほのかに輝かせる。静まり返った冬の空気を濁すのは朝陽と生悟の息遣いだけ。

 生悟のいうとおり、今世界には二人しかいない。そう錯覚してしまいそうなほど静かで、朝陽にとっては生悟がいるだけで満ち足りていた。


「いいですね、世界に二人きり。ロマンチックで」

「だろー」


 生悟はそういって笑い、くるりと朝陽に背を向けると再び足跡をつけ始める。鼻歌交じりに機嫌よく、サクサクと雪を踏み続ける姿は出会ったころと変わらない。けれどあの頃より確実に背は伸びて、手足も長く、顔つきだって大人に近づいている。

 それがどうしようもなく辛くなった。


「このまま逃げましょうか。本当に二人きりになれるところまで」


 朝陽の言葉に生悟が足を止めた。じっと朝陽を見つめる生悟の顔は表情が抜け落ちたみたいに無だった。そうすると一層生悟の髪と瞳の色が際立って、朝陽は胸が苦しくなる。


 生まれ持った金色の髪に赤い瞳。普通の人ではないという証明が生悟をこの地にしばりつける。狩人は夜鳴市から出ることができない。生悟は夜鳴市の外に一度も出たことがない。


「俺は、生悟さんが望むならどこまでだって一緒に逃げますよ」


 逃げたいと、こんなところにいたくないと一言いってくれないか。そうしたらどこにだって一緒に行くのに。そう朝陽はいつだって思っている。たとえ鳥喰に、五家総出で追い回されたって、それでもいいと思っている。

 けれど、いや、だからこそ生悟はただ笑うのである。逃げたいとも、逃げないとも言わず、なにかをあきらめたような顔で笑うのだ。


「朝陽を誘拐犯にするのは俺の望みじゃないからな」


 そういって生悟はくるりと朝陽に背を向けた。再びサクサクと雪を踏みしめ始める。

 静まり帰った真っ白な世界に二人きり。けれど二人の距離はだんだん遠くなる。朝陽がついてきていないことに生悟は気づいても足を止めない。


 それが答えだと思った。


「ずるいなあ……」


 なんでもあげる。なんでも望みを聞いてあげる。そういいながら、生悟は朝陽の一番の望みは聞いてくれない。ずるいし、ひどいと思うのに、そんな生悟がどうしようもなく好きなのは変わらない。

 大丈夫だと自分に言い聞かせて、朝陽は寂しそうな背中に駆け寄った。

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