手を繋いで帰りましょう

 もうすぐ夕方だな。という言葉とともに生悟は隣にいた朝陽と手を繋いだ。あまりに自然な動作に久遠は目をまたたかせ、思わず立ち止まる。


「久遠様どうしたんですか?」

「すごい自然に手を繋いだので驚いて……」


 生悟と朝陽の仲がいいのは知っている。それでも恋人のような自然な雰囲気は見ていて気恥ずかしい。

 思わず目をそらすと、守の言葉に振り返った生悟と朝陽がそろって首をかしげた。


 守は久遠を見て、それから生悟と朝陽を見つめる。二人の手がしっかり握られていることに気づいた守は空を見上げて、あぁっと声をあげた。


「もうすぐ夕方ですね。久遠様、手をつなぎましょう」


 それが当たり前のような顔で守が手を差し出した。久遠は困惑とともに守を見つめ返した。


「俺、もう中学生なので……」

「中学生でも子供です」

「俺男だし、誘拐されるような可愛い子じゃないですから」

「……久遠様なんの話をしてるんですか?」

「……守さんこそ、なんの話ですか?」


 久遠と守はそろって首をかしげた。全く噛み合わない会話に戸惑っていると笑い声が聞こえる。

 見れば生悟が笑っていた。その隣にいる朝陽は無表情。正反対な二人の反応に久遠はますます混乱する。


「夜鳴市の子供は夕方になったら誰かと手を繋いで帰るように小さい頃からしつけられるんですよ」

 久遠の困惑に気づいたらしい朝陽が淡々と説明する。


「夕方は昼と夜の境目。境界線が曖昧になる時間帯でありケガレが現れ始める時間だ。そういう時間に子供、特に霊感がある子なんかが一人でいるとケガレ側に引っ張られる。だから手を繋いで帰りましょう。って昔から言われてるんだ」


 説明を引き継いだ生悟が久遠に見えるように朝陽と繋いだ手を掲げた。周囲を見渡せば生悟たち以外にも手を繋いで歩いている人は多い。

 といっても多くは子供。高校生や中学生もいるが大抵は男女だ。男同士で手を繋いでいる二人は「なんでお前と」「仕方ないだろ、誰もいないんだから」と喧嘩しながら久遠たちの横を通り過ぎていった。

 その光景を唖然と見つめてから生悟たちに視線を戻す。ほらな。と生悟が赤目を細めて笑う。その背には沈もうとする太陽が見えた。


「久遠も守と手を繋げ。連れてかれたら大変だ」


 生悟にいわれて久遠は隣の守を見た。守は期待のこもった目で久遠を見つめている。キラキラ輝く瞳を見ているとそれに答えなければいけない気がしてくるが……。


「ケガレに影響を受けないためなら、俺も守さんも霊感持ちですし、対抗手段もあります。手を繋ぐ意味ないですよね」

 久遠の言葉に守が固まる。


「さすが久遠様、こんなにあっさり気づくとは」

「さすが猫、着眼点が違う」


 楽しげに微笑む朝陽と笑い続ける生悟。それに比べて守は知りたくなかった事実に気づいてしまったような顔で久遠に差し出していた右手を見つめている。


「く、久遠様と手を繋げない!?」

「そんなにショックなことですか」


 この世の終わりのような顔をする守に久遠は慌てた。守の奇行にだいぶ慣れたつもりでいたが、未だにきっかけはわからない。どうしようかと焦っていると生悟の楽しげな声が聞こえた。


「可哀想だろ。手繋いであげろよ」

「守人との関係を良好にするのも狩人の務めだよ」


 そういって生悟と朝陽はかたく繋いだ手を見せつけてくる。二人とも完全に久遠をからかっている。自分たちが恥ずかしくないからって勝手なものだと思ったが、二人がいうとおり手を繋いだほうが早いのは事実。

 久遠は覚悟を決めると落ち込んでいる守に手を差し出した。


「……今日だけですからね」


 次はないとハッキリ告げる。中学生にもなって手を繋いで帰るのは気恥ずかしい。夜鳴市では普通だと言われても、外で育った久遠はどうしたって周囲の目を意識してしまう。


 守は差し出された久遠の手を潤んだ目で見つめた。感激ですといった様子で久遠の手を丁寧に握る。泣くほどのことかと久遠は思うが、守が嬉しそうなので野暮なことは言わないことにした。


「お手々繋いで帰りましょう〜」


 久遠たちが手を繋いだのを確認すると生悟は歌うようにそういって歩き出す。朝陽と繋いだ手を振り、楽しげに夕日の中を歩く姿を見て久遠は幼い頃の自分を思い出した。


 夕暮れ、いつも両親は久遠と手を繋いで歩いてくれた。久遠がケガレに引っ張られないように気をつけてくれていたのかはもう分からない。それでもあの時繋いだ手のぬくもりや、見上げた時に見えた優しい顔は覚えている。


「久遠様、帰りましょう」


 手を繋いだだけなのに嬉しそうに守が笑う。その顔が亡き両親に重なった。繋いだ手のぬくもりも幼い頃に感じたものと変わらない。


「二人とも帰るぞ」


 先を歩いている生悟と朝陽がそういって振り返る。それに追いつこうと久遠と守は足を早めた。繋いだ手は離れない。気恥ずかしかったそれが、なんだかかけがえのないものに思えて久遠は少し胸が苦しくなった。

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