見えない境界線

「おさんぽ、おさんぽ、たのしいなぁ~」


 マーゴが双月とつないだ手をブンブンと振りながら謎の歌を歌う。結構な勢いで手を振られているので心配になるが双月に不満そうな色はない。むしろいつになく表情が緩んでいる。その姿を見るに双月は子供好きなのかもしれない。

 それとも幼い頃の弟を思い出しているのか。そんな考えが浮かんで雄介は二人から目をそらした。あまり深掘りしたいものではない。


「どこにいくつもりなんだ?」


 双月が聞くとマーゴは歌うのをやめ双月を見上げた。うーん。と声をあげると繋いでいない方の手を見つめる。


「えぇっとねえ、お墓でしょ。川でしょ。交差点でしょ。人がいなくなったお家でしょ」


 子供らしい小さな手でマーゴは指折り数える。姿だけ見たら微笑ましいが、お散歩コースとしては不穏な単語が続く。探しているのが幽霊なので当たり前といえばそうなのだが、聞けば聞くほど雄介の顔はひきつってきた。手を繋いでいる双月も雄介と同じく微妙な顔をしている。


「最後は商店街! いったらね、お菓子もらえるの!」


 マーゴが大きな瞳を輝かせて双月を見上げる。見た目と一致した言動に雄介は今度こそ純粋にほほえましいと思った。和みつつも今までとは毛色の違う単語に首をかしげる。


「商店街?」

「クティさんもね、昔からお世話になってるんだって」

「……そういえば、大鷲もそんなことを言っていたな」


 ここに連れてこられた日、車の中で大鷲がそんなことを言っていた。商店街の人たちは外レ者に慣れていると。


「双月にーちゃんは僕の弟だから、きっとお菓子もらえるよ!」


 マーゴはそういって嬉しそうに双月を見上げる。双月はどう返していいのか分からなかったのか曖昧な笑みを浮かべていた。

 にーちゃんなのに弟という矛盾した発言には雄介もどう返していいのか分からない。真面目に訂正するのも大人気ない気がする。しかも見た目は子供だが、マーゴが歳上なことも事実なのだ。


「あーでも、雄介にーちゃんは貰えないかも。そうしたらボクの分けてあげるね!」

「俺は貰えないのか……?」


 高校生にもなってお菓子一つに一喜一憂するわけもないが、一人だけもらえないというのは寂しい。それになぜ自分だけ貰えないのか気になった。

 マーゴは雄介を見上げ満面の笑みを浮かべる。無邪気な子供の笑みだ。


「雄介にーちゃん、人間だから!」


 その言葉に雄介と双月は同時に固まった。マーゴは固まる二人を不思議そうな顔で見つめている。その顔に、特別な事を言ったという意識は感じられない。

 マーゴからみて、雄介が人間であり、自分とは別の存在であることは当たり前のことなのだ。


「ちゃんとボクのわけてあげるから、落ち込まないで?」


 黙っている雄介を落ち込んでいると思ったのかマーゴが困った顔をした。幼い子どもを戸惑わせていることに気づいて雄介は無理矢理笑みをつくる。それは鎮が浮かべていたものに比べていびつな自覚があり、気持ちを押し殺して笑っていた鎮や由香里のしんどさを改めて思い知る。


「あんまり遅くなるとクティにーちゃんに怒られる! いこう!」


 ハッとした顔をしてマーゴは双月の手を引っ張って歩きだす。引かれるがままに双月は進みながら心配そうに雄介を振り返った。雄介はそれに苦笑いを返しつつ後に続く。


 分かっていたことである。双月と雄介はもはや別の存在だ。いや、最初から同じ存在とはいえなかったのかもしれない。


 人を見かけで判断するなといったクティを思い出す。あれはシェアハウスに暮らしている外レ者やこれから出会う外レ者に対してではなく、双月だってお前とは別物だと言っていたのかもしれない。


 ここに来たのだって双月のおまけだと思っていたが、そんなことはなく雄介にとっても試練なのではないか。もう普通の生活には戻れない。外レ者という人ではない存在と共に生きていく。その覚悟と知識を持つための時間だったのではと雄介はやっと気が付いた。


 一週間もたってようやく気付いたことに雄介はため息をつき、前を歩く双月とマーゴに小走りに近づく。この先は無駄にはできない。こうして外レ者とのんびり散歩ができる機会が次にあるとは思えない。

 暗い森の中、逃げ惑った夜を雄介はハッキリと覚えている。あんな思いは二度としたくない。だから自分は強くならなければいけないのだと、雄介は拳を握りしめた。

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