少しずつ知っていく

 お邪魔します。と小さな声で告げる。挨拶はしっかりすべき。そう分かっているが、どうにも居心地が悪かった。

 王都の一角、貴族区域と呼ばれる場所にカリムの実家は建っている。建国から代々軍人を輩出してきたという名家であり、荘厳な建築物は田舎出身のラルスを萎縮させるのには十分だった。しかもなんやかんやあった恋人の実家である。気まずい。


「何で縮こまってるんだ」

「……俺、ほんとに来てよかったのか……?」


 前に一度、一緒に店を開くということで挨拶に来たことはある。その時もものすごく緊張した。これ以上に緊張することなどこの先の人生ないだろう。そうラルスは思っていたのに、再びカリムの実家に足を運び、同じ緊張を味わっている。


「いいも何も、母上も是非にといっていた。前に来たときは父上がいらっしゃらなかったからな。改めて挨拶したいと」

「……父親もいるのか……」


 母親だけでもものすごぉーく緊張したのに、父親なんて難易度がさらにあがる。


「……俺、追い出されない? うちの息子に相応しくないとかいって」

「それいったら、私の方がお前の両親……いや、村全体から追い出されそうだけどな……」

「なんでお前が?」

「……お前には相当苦労かけただろう」

「いつの話だよ」

「まだ一年と少しだろ」


 ギロリとカリムに睨まれる。なぜかラルスのことなのにカリムの方が気にしているようだ。たしかにラルスはカリムと番であるにも関わらず仲が悪かったために死にかけた。といってもそれはラルスにとって過去のことで、今更気にすることじゃない。

 というのにカリムは未だにそれを気にしているらしく、ことあるごとに自分が悪かった。そういうし、態度にも出す。


「俺は気にしてないけどな」

「私が気にする」


 固い口調でいいきるカリムを見て、真面目だな。とラルスは思った。


「今回だってお前を里帰りさせられなかった……」

「それは仕方ないだろ」


 ワーウルフのテリトリーは比較的近い場所にある。といっても人間がおいそれといける場所ではない。人間にとって「人の国」の外はいつ殺されてもおかしくない危険地帯である。それが分かっているのにラルスはカリムを外に出そうなんて思わないし、カリムをおいて里帰りしたいとも思えない。


「だが、ワーウルフは種全体で新年を祝うものなんだろ」


 告げられた言葉にラルスは目を瞬かせた。

 たしかにワーウルフは村を挙げて新年を祝う。創造神が世界を完成させたと言われる日は全種族のお祝いだが、祝い方は種族によって様々である。ワーウルフの場合は昼間のうちに村の中央に木を組んだ大きな焚き木台を造り、食べ物や酒などといったものを用意する。月が出ている間、焚き木を中心に飲み、食い、歌い、踊り。月が見えなくなる頃、眠る。そうして起きてから村全体で片付けを行い、今年一年の結束とさらなる種の繁栄を願うのである。


「人間は家族と一緒に朝日を見るのが慣わしなんだろ」


 ワーウルフの場合は自分たちの種族にとって重要な月を愛でるが、人間は夜明けを大切にするらしい。そして、単位は村ではなく家族。時には友人や恋人というごく親しい人間と一緒に夜明けを迎える。それを大切にしているのだと聞いた。


「俺、テリトリーにいた頃はまだ子供だったし、月が沈む前に寝ちゃって朝日見たことないんだよな」


 王都に来てからクラスのワーウルフと新年を祝ったことはあるが、ワーウルフ式は朝日が昇るあたりには寝落ちしている事が多い。しっかりと朝日を見たことも、みたいと思ったこともない。


「だから、カリムと一緒に朝日見られるの楽しみなんだ!」


 それまでちゃんと起きていられるだろうかとソワソワ落ち着かない気持ちでいると、カリムがむずむずと口元を動かした。照れと幸せ、焦りが混ざったような複雑な匂いがして顔を見れば、かすかに頬を染めたカリムがラルスをにらみつけた。


「……お前の村の人数には遠く及ばないだろうが、うちの家族は全員そろっている。少しくらいはワーウルフの新年祝いと近いものになるはずだ。だから、楽しみにしておけ!」


 なぜかビシリとラルスを指さしてカリムは大きな玄関へと進んでいく。先越された。私が先に言いたかったのに。という小さなぼやきが聞こえて、ラルスは頬が赤くなるのを感じた。


「お互い考えてること一緒だったのか……」


 ラルスは人間式に、カリムはワーウルフ式に。種族が違うからこそお互いの文化を取り入れようとした結果、ラルスはカリムと朝日を見ようとし、カリムはラルスを実家に連れてきたのだ。カリムとラルスの二人だけではワーウルフのラルスには寂しすぎるだろうと。


 緊張とは違う感情で胸が苦しくなり、ラルスはその場にしゃがみ込んだ。

 俺の番は世界一ではないか。そんなことを考えてしまったら余計動けなくなり、カリムが心配して様子を見に来るまでラルスはその場にうずくまっていた。

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