新年の誓い
毛布を二人でかぶり、手には暖かい飲み物がはいったカップ。空気は冷えきり、はく息は白い。それでも心が満ち足りているのは隣にある体温が何よりも大切な人だからだろう。
ラルスはもうすぐ夜明けというところで寝てしまった。月が出ている間はワーウルフらしくやけに浮かれていた分、疲れてしまったのかもしれない。
だんだんと明るくなる空をみて、ラルスの肩を揺らす。カリムの肩に頭をのせてすーすーと寝息を立てていたラルスは揺すると眉を寄せて、んーと低い声を出す。
「朝日みるんだろ。見逃すぞ」
寒いなか、わざわざ外で待っていた意味がなくなると、強めに肩を揺すればうなり声が大きくなった。いまだ眠たそうな顔で目をゆっくり瞬かせる。完全に目覚めるにはまだかかりそうだ。
「ラルス、もうすぐ朝だぞ」
一緒に見るんだろと言えば半分閉じていた目がハッキリと開いた。驚いたように立ち上がると二人でかぶっていた毛布が落ちる。そんな少しの変化にもラルスは驚いたようで、落ちた毛布とカリムと明るくなってきた空をみて、ラルスは口をパクパクと動かした。
「寝てた!?」
「寝てたな」
起きてたかったのに! と心底残念そうに頭を抱えるラルスをみてカリムは笑う。うつらうつらとしつつも、何とか起きていようと頑張って、それでも眠気に勝てなかった姿をカリムはずっとみていた。自分のためだと思うと愛らしく、ラルスと共に過ごせるようになった事実を改めて幸せだと感じた。
「なんとか間に合った。もうすぐ夜明けだ」
途中ねていようと、夜明けに間に合えば問題ない。そういう意味も込めてポンポンと隣をたたくとラルスは居心地悪そうな顔をして隣に座り、落ちた毛布をカリムと自分にかけた。
無言で空を見つめる。空がよく見える場所だと母に教えてもらったのはカリムの実家の屋根の上。貴族令嬢である母が若い頃にのぼったという話を聞いたときは驚いたが、たしかに見晴らしがいい。遠くには王都を囲む塀が見え、そこから朝日がのぞくのだと聞いた。
少しずつ明るくなる空。隣に座ったラルスの尾が揺れる気配がする。見ればいつのまにか耳も出ていて、目が期待にきらめいている。始めてみる初日の出だ。月夜に走り回るワーウルフであるラルスが朝日をみたことがないとは思えないが、今回は特別。そう思ってくれている分かって嬉しい。
「カリム! 朝日!」
思わず立ち上がったラルスが朝日を指差した。まぶしい光に目を細める。最初は塀と同化していた光が少しずつ上にあがり、空をいっそう綺麗に染め上げる。
世界が創造された日。初めてあけた夜をみて、創造神も始祖様も同じような気持ちになったのだろうか。
無言で朝日を見つめているとふいにラルスがカリムの隣に膝まずいた。屋根の上という不安定な場所でも動きに危なっかしさはない。それでも、突然の動きにカリムは戸惑った。
ラルスの手が突然のカリムの首に触れる。カリムが戸惑っている間に手は紋章をなぞるように動く。真剣な眼差しにカリムは動けない。心臓がドクリと波打った。
「我が身も心も常に汝とあらん。遠くはなれようとも汝を想い、この身朽ち果てようとも汝の側に。番を誓ったその日から我が身は全て捧げると我が始祖ヘルトーニョに誓う。だからどうか今年も片時も離れず側にいることをどうかお許し願いたい」
静かな声でそう告げるとラルスは頭を下げた。自分の急所である頭を首をさらし、許しをこうようにカリムにひざまずく。始めてみる姿にカリムは何もいえず、唖然とラルスを見下ろした。
「……新年の挨拶なんだから何かいってくれ」
「新年の挨拶……?」
あまりにも仰々しくないか? とつぶやけば、ラルスは不思議そうに首をかしげた。
「番とは新年にこうして誓いを立てるのが習わしなんだけど、人間はやらねえの? ほら、結婚したあととか」
「結婚式ではやるだろうが……」
毎年、新年のたびにこれやってるのか、ワーウルフ。とカリムは久々に感じた文化の違いに驚いた。それからいわれた言葉を遅れて理解して、全身がどっと熱くなる。
「カリム、顔赤いけど風邪か!? ここ寒いし、中はいった方が……」
「まて、少し落ち着かせろ!」
ラルスは心配そうに覗き込んでくるがそれどころではない。なんて恥ずかしいことを平然とするんだワーウルフ。そう文句をいいたくなったが、日頃からスキンシップ過多な種族である。このくらい当たり前なのだろう。
「……返しにも決まりがあるのか」
「一応きまった文言はあるかな」
人によってはアレンジ加えてるけど。と付け足された言葉を聞いてカリムはよし。と頷いた。
「来年はちゃんと返すから、とりあえず今年は許せ」
言葉のかわりに頭を撫でる。ラルスが好きだという場所を丁寧に。それにラルスは目を見開いて、嬉しそうに笑った。
「楽しみにしてる!」
来年がすでに待ち遠しい。幸せだなとカリムは思った。
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