岡倉悠里許さない
てんさん、岡倉悠里と付き合い始めたって。
その噂が俺の耳に入ってきたのは夏休みが終わったあとだった。その話を聞いた俺は驚いた。
何しろ岡倉悠里といったらてんさん嫌いで有名だ。同じSランク生で接点が多いくせ、顔を見合わせれば嫌味。百塚や比呂さんが止めにはいることもしばしば。双子の妹であるソラさんとも嫌味の応酬を繰り広げ、周囲をヒヤヒヤさせる奴だった。
そんな奴が何をどうして付き合うまでいったのか。てんさんもどうして受け入れたのか。
俺はとにかく驚いて、確かめなければという思いを強くした。だって相手は岡倉悠里だ。スポーツ万能なイケメン。ミステリアスなんていえば聞こえはいいけど、俺からみたらただの変人。女子がキャーキャーいう意味がわからん。
百歩譲ってイケメンなことは認めてやるにしても、何でてんさんなんだ。嫌ってただろ。お前とケンカした後のてんさんの落ちこんだ顔見たことあんのか。どの面下げて。とムカムカしながら俺は高等部3年の教室を目指す。
短い休み時間ならば真面目なてんさんは教室にいるだろう。その予想通りてんさんはそこにいたし、岡倉も当たり前のように3年の教室にいる。
黒天学園は廊下からでも教室がよく見えるように鏡張りだ。だから廊下側のてんさんの席はよく見える。
てんさんはいつも通り自分の席に座っている。その前の席に当たり前のように岡倉が座り、机に腕をくんで乗せている。その腕に頭を乗せる、可愛い女子がやったら最高なポーズをなぜか男。しかもイケメンの岡倉悠里がおこない、てんさんを上目遣いで見つめているのである。
おいやめろ。そこのイケメン、あざといことすんな。内心の苛立ちをオープンにズカズカと岡倉の方へと近づいた。
何かをしようと思っているわけじゃない。出来るわけもない。黒天学園ではランクがすべて。Bにもあがれないような俺では話す権利すらない。それが綾小路てんさんだ。
それでも、何でお前が。って気持ちは捨てられない。だって傷つけてただろ。俺と違って話す権利もあって、話せる距離にもいたのに。だからこれはただの嫌がらせだ。音をたてて近くを通りすぎたら、二人の空気が壊れるんじゃないかっていう、小心者のモブの足掻きである。
けれど、さすが岡倉悠里というべきか。どれだけ足音を立てて近づいても全く気にしない。廊下にいる関係ない生徒とか、他の窓際の席の奴が気づいても岡倉悠里はガン無視だ。てんさんしか見てないし、近づいたてんさんはてんさんで頬を赤らめておろおろしている。その顔は違う場面で見たかった! と叫ぶ内心を圧し殺し、俺は何かいってやろうかと口を開く。が、それより先に岡倉が声をだした。
「てんさん、それ面白いですか?」
指差したのはてんさんが持っていた小説。てんさんが恋愛小説好きなのは有名な話だ。
「……悠里くんには……つまらないと…思う……」
悲しそうにてんさんはいう。いかにもスポーツマンの岡倉には女子が好むような恋愛小説は向かないだろう。実は俺もてんさんが好きだと聞いてこっそり買って読んでみたことがあるが、どうにも甘ったるくムズムズして最後まで読むことが出来なかった。
「でも、てんさんは好きなんですよね。それなら俺、読んでみたいです」
お前、何も知らずによくそんなこといえるな。そう思って岡倉の顔を見た俺は固まった。
そこには俺の見たことのない岡倉がいた。
岡倉悠里という奴はイケメンだし目立つ。ただし表情は乏しい。まったく表情が動かないことはないが、役柄を演じているような、どこか硬い顔をしている。俺からすると顔が作りがいいのもあって不気味な印象だった。
そんな岡倉が柔らかく微笑んでいる。俺が女だったらうっかり恋に落ちそうな柔らかい顔で。
それを受けたてんさんは頬を赤らめてはにかむ。それも俺が始めてみる顔だった。
俺は後ずさって、早足でその場を立ち去った。岡倉に何かをいう勇気も、振り返る勇気すらなかった。ただその場から逃げたいだけで足を動かしながら、あんなてんさん見たことない。というショックに頭を打ち付けられた。
俺はてんさんをずっとみていた。始めてみあの日から、ずっと。綺麗だと思ったし可愛いと思った。だいたいは無表情だったが、時たま控えめに笑う姿を見ると幸せな気持ちになった。気持ちを伝えるつもりはなかった。伝えたところで受け入れてもらえるとは思っていなかったし、困らせたくなかった。
でも、今、押し付けるだけだと分かっていても言えばよかったと後悔が押し寄せている。
「幸せにしなかったら許さねえからなオカクラァ」
トイレに逃げ込んだ俺はしゃがみこみ、涙声でつぶやく。あの様子じゃ不幸にする未来なんて想像もできないが、文句くらいは言わせてくれ。俺の初恋だったのだ。
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