刷り込み

 生悟さんとの関係は刷り込みだと言われたことがある。危機的状況を助けられたから、初めて親鳥を見た雛のように他の人より特別に見えるのだと。


 それを言われたとき、たしかに特別ではあると納得した。真っ赤な瞳は衝撃だったし、ケガレから逃げるとき、手を引いてくれた感触は今でも覚えている。強烈だったことは事実。しかし、刷り込みかと言われると逆だと思うのだ。


「朝陽〜。また怒られた」


 帰ってくるなり居間で本を読んでいた俺に背中から抱きついて、肩に額をぐりぐりと押し付ける生悟さん。怒られることは珍しくないけど、今回はいつも以上にお灸をすえられたようで覇気がない。


 読んでいた本をテーブルの上に置く。生悟さんと向きあってから両手を広げると、生悟さんはすぐに抱きついてきた。


「笑顔の圧が強いって言われた。新人ビビるから抑えろって。でもさー真顔も怖いっていうだろー。もーどうすればいいわけー」


 今度は正面から肩に頭を擦り付けてくる。くすぐったさにわらいそうになるのを我慢しながら、背中をなるべく優しく撫でる。


「生悟さんの笑顔は可愛いので好きですし、真顔はかっこいいので好きですよ」


 生悟さんがバッと顔をあげた。目の前に真っ赤な瞳。夜に見ると怖いと言われるそれは俺には飴玉みたいに美味しそうに見える。


「朝陽は俺のこと怖がらないから好き!」


 子供みたいに力いっぱい抱きついてくる生悟さんの頭を撫でる。先程の不機嫌が嘘みたいに上機嫌だ。

 獣の血が濃い生悟さんは母親とうまくいっていない。天才ゆえに俺と会うまで周囲から遠巻きにされていたらしい。だから生悟さんは怯えない俺が大好きだし、俺だけには怯えられないように気を使う。


 出会った当初はともかく、今の生悟さんは俺がいなくても十分にやっていける。人間の輪の中に入ったって溶け込める。それを俺はしっているけれど、生悟さんには伝えない。他の人のところに行ってしまったら嫌だから。


「俺が生悟さんを怖がることなんてありえませんよ」

 俺の言葉に生悟さんは嬉しそうに笑った。無邪気な笑顔に罪悪感が浮かんだけれどすぐに消える。


「俺、朝陽のこと大好き!」

「俺も大好きですよ」


 子供みたいに甘える生悟さんを抱きしめながら、緩んだ顔を見られないように生悟さんから隠した。

 刷り込んだのは俺の方なんです。なんて、わざわざいうことじゃないので、俺だけが知っていればいいのだ。

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