闇の中で生きている

※ミカヅキ様の作品にゲスト参加させていただいた設定です。

※グラジオラスは終焉に咲く【https://kakuyomu.jp/works/1177354054896746768



 簡単な仕事のはずだった。


 二人連れのガキを捕まえてこいという。それだけで報酬がもらえると聞いて小躍りした。額がでかいこともラッキーくらいしか思わなかった。今にして思えばそこでおかしいと気づくべきだったんだ。


 切り裂かれた肌が熱を持っている。人気のない暗い路地裏。そこに這いつくばって、切られた腕を押さえ、荒い息を吐く自分はなんて滑稽だろうか。熱はすでに全身に回り、体の動きが鈍い。毒が仕込まれていたのだと気づいても、もう遅かった。


「私たちに何の用だ」


 子供の声がする。まだ大人になりきれていない高い声。それなのに子供特有の甘さがない。研ぎ澄まされたナイフのように、喉元に突きつけられるような声。

 なんとか顔を上げれば薄紫の瞳とかち合う。明るい場所で見たときは、女みてぇな顔だと思ったが、表情が抜け落ちた能面みたいな顔はただ不気味だった。これをガキだ、女みてぇな顔だと甘くみた過去の自分に言ってやりたい。そんな可愛いもんじゃねえと。


「おい、答えろ」


 手に持ったナイフを突きつけられる。こいつの得物はそれらしい。小柄な体型で油断させ、素早い動きで懐に入ると迷いなく急所を切り裂いてくる。殺さないようにしてくれるのは慈悲ではない、災骸化したら面倒。ただそれだけの理由だ。

 あの忌々しい現象のおかげで生かされている。その事実に笑みがこぼれる。急に笑い出した俺を見てガキが眉をよせた。動いた表情に、こいつはちゃんと生きているんだなと頭のわいたことを思う。


「答えるわけねえだろ!」


 最後の力でガキのナイフを振り払う。小柄な体だ。力はそれほどない。得物もナイフだけなら力比べで勝てるかもしれない。決死の覚悟ではじいたナイフを見て、俺は勝利を確信した。武器さえなくなったら相手はガキだ。俺が負けるはずが……。

 

 額に冷たい感触がした。至近距離ではそれが何なのかよく見えない。それでも、裏社会で生きていた俺がそれに気づかないはずもなかった。

 鉄の匂い、安全装置を外す小さな音。引き金にかけられた子供らしく小さな、白い指。


「お前が死んだら、捨てに行く手間が増えるだろう」


 冷め切った子供とは思えない声が響く。その声には勝てることによる油断も歓喜もない。その声を聞きながら、俺は今度こそ敗北を悟った。考えてみれば当たり前なのだ。まだ子供、体が小さい。力が弱い。そんな奴がこの社会で生きていく上で、何の準備もしていないはずがない。

 完敗だ。ついつい声を上げて笑いたくなったところで、ピンポン球みたいに体が吹っ飛んだ。一瞬自分の顎を蹴り上げる足と、裏路地では目立つ真っ赤な服。いらだちを含んだ顔が見えた気がする。

 そういえば、このガキは二人組だった。その事実に気づいたとき、俺はもう笑うほかなかった。




「こいつ、気絶したまま笑ってねえ? 気持ち悪」

「本当に気絶か? うっかり殺してないか?」

「んー? まだ死んだ匂いじゃないから大丈夫だろ」


 そういいながらラルスは面倒くさそうに男に近づくと、迷いなく男のベルトを引き抜いた。そのまま男の手を縛る。手だけでは心許ないと思ったのか男のズボンを脱がせるとそれで足を縛った。下半身を下着にされ手足を縛られた悲壮な男のできあがりだが、ラルスは作業を終えると迷いなくカリムの元へ戻る。


「怪我してねえ?」


 カリムに抱きついて肩に顎をのせながら匂いを嗅ぐ。カリムの血のにおいがない。それにほっと息を吐くと、ぐりぐりと肩に額を押しつけた。カリムはそれに対して「くすぐったい」と小さな笑い声を上げる。


「結局こいつ何だったわけ?」

「詳しいことはアジトに連れ帰ってだが、ろくなことは知らないだろうな」

「あーいかにも下っ端って感じだもんなー。それよりもさあ」


 ラルスはあっさりと話を終わらせると顔をあげ、至近距離でカリムの目をのぞき込む。


「お腹すいた」

「そうだな。食事にするか」

「肉食いたい」

「お前はそればっかりだな」


 カリムがそういいながらラルスの頭をなでると、ラルスは嬉しそうに笑う。その笑顔は年相応で、先ほど大人の男のあごを蹴り上げた人物と同じには見えなかった。


「カリムは何たべたい?」

「そうだな……」


 自然と手をつないだ二人は歩き出す。

 地面に転がした男のことも、服に隠した武器のことも何もかも知らないような、子供らしい顔で。食事の話をしながら薄暗い路地裏を後にする。


 彼らにとってそれが日常だった。

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