羽澤産箱入り息子
「あいつ、調子に乗ってるよな」
その言葉が聞こえたのは、暇だから付き合え。という理不尽きわまりない言葉で羽澤夷月に引きずられていた時だ。
条件反射のように振り返った俺は憎々しげに俺を見る男子生徒たちを見た。そんな恨まれるようなことしただろうかと考えたところで、男子生徒の視線の先にいるのが俺ではなく、俺を引きずる夷月さんだと気づく。
夷月さんは視線に気づいていないのか鼻歌交じりに俺を引きずっていく。見た目は俺よりも小柄。髪型と服装を変えたら女子生徒に紛れても違和感がないような中性的な容姿をしているのに、俺の手を引く力はどう考えても男のもの。なんともちぐはぐだ。
そういうとこも踏まえて、この人苦手。というか嫌い。
「下級生つれ回して恥ずかしくねえのかな」
聞こえてないと思ったのか先程より声が大きくなる。やけくそじみた大声に周囲にいた人の視線が集まった。怒鳴った男子生徒の連れはニヤニヤ笑う。お世辞にもいい空気とはいえない。
思わず俺は足を止める。すると夷月さんが不思議そうに俺を見返した。ここまで来ても自分が言われた言葉だと理解していないようなきょとんとした顔。それに俺は目眩を覚えた。
「いい気なもんだよな羽澤の次期当主様は。羽澤に生まれたってだけでチヤホヤされて。お前なんかたまたま良い家に生まれただけなのに」
いまだに自分をみないことに苛立ったのか男子生徒の声がさらに大きくなる。最初の頃は一緒に笑っていた連れが焦った顔をした。
俺としても、この羽澤夷月といういろんな意味で規格外な存在にそこまで言える男子生徒に驚いた。ここまで来るといっそ拍手を送りたい。度胸がすごい。言っていることは完全に負け犬のそれだが、直接本人にいうだけ強い。いや、なにも考えてないバカともいえるのか。
この男子生徒がバカになるか勇者になるか。それは夷月さんの反応に全てがかかっている。しかし夷月さんは全く反応しない。ここまで言われて自分が対象だと気づいていないはずもないし、ショックでも受けているのだろうか。夷月さんにも人間らしいところがあったんだなと思いながら顔を見れば、予想に反してにっこり笑っていた。
「そうなんだよー俺生まれもっての勝ち組なの! 羨ましいだろ!」
満面の笑みで、理不尽なやっかみを向けられたとはとても思えない顔で夷月さんは高らかに宣言した。それにギョッとしたのは俺だけではない。周囲も夷月さんに難癖をつけた男子生徒もその連れも一様に固まっている。
「きっと前世で良いことしたんだな! だから、お前も今回がんばったら。来世はいい家に生まれるかもよ」
じゃあなー。と一方的に笑顔でいい切ると夷月さんは俺の手を引いて歩き出す。振り返って男子生徒を見るが金縛りにあったように固まっていた。
直訳すると生まれ変わって出直せ。なのだが、あそこまで笑顔全開で言いきられるとエールのように思えてくるから不思議だ。そのせいで言われた内容と言われた表情が噛み合わず、言われた相手の思考が完全にショートしている。
「人間らしく凹むとか悲しむって神経ないんですか」
「フッシーこそ俺を気遣うって優しさないの?」
俺の腕を引きながら視線だけで振り返って夷月さんが問う。気遣うもなにも……
「傷ついてないでしょ」
「ないなー。あんなの言われなれてるし」
さらっと衝撃発言を口にして夷月さんは笑った。その顔は作り笑いでも何でもない。だから本当に言われ慣れているのだろう。
「人に好かれるのは得意だと思ってました」
「世の中にはな、愛してるから憎む人もいるし、愛されてるから嫌う人もいるんだよ」
残念なことに。と全く残念じゃなそうな声でいう。
「それに俺がラッキー勝ち組なのは間違いないし。俺はかわいいし頭良いし要領もいいから、一般庶民に生まれても愛されたし地位も名誉も手にいれるに違いないけど、生まれがいいと色々ショートカットできるし」
「自信あるにもほどがあるでしょ」
何がどうなったらここまで自信満々な人間が生まれるのか。生まれた瞬間から今までを問いただしたい気持ちと、どうでもいいなという気持ちがシーソーして、最終的にはどうでもいいが勝った。
「俺くらいになると、自信なさげにしている方が失礼なんだよ」
空は青い。と同じくらいのニュアンスで夷月さんはそういうと、ぐいぐいと俺の手を引っ張った。これは授業が始まっても離してもらえないパターン。いつ解放されるかな。と考えながら、放置してきた男子生徒を思う。
哀れとは思わない。自分でいったことに気づかなかったのが悪い。
羽澤家で純粋培養された次期当主様が、一般市民の感覚を持ち合わせているはずがないだろうに。
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