これから先何度でも
ずいぶん時間がすぎてから、あのときは余裕がなかっなたと気づくことがある。
キャンプでもするか。という話になったのはリーナがほとんどリョシュア村から出たことがないという話を聞いたからだ。好奇心旺盛で活発なリーナが行動に移していないことに驚いたが、ほっとくとどこまでもいってしまいそうなため、保護者なしで村の外に出るのは禁止されている。そう聞いて納得と共にあきれてしまった。
じゃあ、俺たちが一緒なら問題ないだろ。とラルスがいうとリーナは目を輝かせた。いいの! と全身で喜びをうったえた。その姿は愛らしく、王都に来たきりあっていない妹たちを思い出す。一度くらい里帰りしたいなと思いながらリーナの頭をなで、ちらりとカリムをみた。
リーナの頭をなでるラルスを何ともいえない顔でみているカリムはいかにもお坊っちゃまだ。学院を卒業してからは庶民に紛れるような服を着るようになったが、育ちのよさが隠しきれていない。
仲介の仕事で野宿にも慣れてしまったが、生まれもっての気質というのは少々不便な生活を送ったところで変わらないらしい。
いや、育ちのよさというよりも本人の性質が変わらないのだ。たとえ悪事に手を染めようともあの清廉された空気は変わらない気がした。カリムが悪事に手を染めるなど、世界そのものが作り替えられない限りあり得ないことだろうが。
「今はあれだけど、最初は戸惑ってたんだよな…」
リョシュア村とカミラ村の中間地点。最初だからと遠足みたいな距離で開かれたキャンプ。それでもリーナははしゃいでおり、テントを建てるカリムにくっついている。
そんな微笑ましい光景をみながら、ラルスは過去を思い出す。隣でリーナの姿を見守っていたヴィオが何の話だと視線を向けた。
「初めてリョシュア村に来たときさ、俺、精神的にボロボロで」
「それはすまなかったと思っている」
当時のことを思い出したのかヴィオが眉を寄せた。それにたいして怒ってるわけじゃないとラルスは軽く笑う。
「ボロボロだったけど、ヴィオとクレアちゃんに会いたくて、とにかく焦ってて、旅慣れしてないカリムのことなんて全く気にかける余裕がなかったんだよな」
慣れた手付きでテントを組み立てるカリム。リーナにあれこれ説明する姿をみると、どうしていいか分からず道具を見つめて途方にくれていた過去なんてなかったように思える。
でもあったのだ。心ここにあらずで、ぼんやりヨシュア村の方をみて動かないラルスのために、何とかテントを建てようと試行錯誤して、ヨレヨレのテントを組み立てた過去が。
やっと我にかえったラルスは、風が吹けばすぐに倒れてしまいそうなテントをみて唖然とした。それから、微妙な顔でラルスの反応を待っているカリムをみて、なにかが胸の奥から沸き上がってくるのを感じた。
当時はよく分からなかったが、あれが愛おしい。そういう感情なのだろう。
「勿体無いことしたなーって。まだ野宿慣れてなくてアワアワしてるカリム、もっとじっくり見とけばよかった」
すっかり慣れて、リーナに教えることまで出来るようになったカリム。その姿を見ているのも楽しいけれど、格好つけたがるカリムの格好つけようとして失敗した姿は貴重なのだ。余裕がなかったとはいえ、何でもっと見ておかなかったのかとラルスは今さら後悔している。
「次の機会は見逃さないようにすればいいんじゃないか」
いつの間にか沸かしたお湯でハーブティーを作ったヴィオが何でもないことのようにいう。
「これからずっと一緒にいるんだ。またの機会もあるだろ」
ヴィオの言葉にラルスは目を丸くして、それから笑う。たしかに。ずいぶんと色々な姿を見落として来た気がするが、その分これから見ればいいだけの話である。
「ってことは、ヴィオの見られなかった顔もいっぱい見れるな」
「やめろ。カリムもクレアも嫉妬すると面倒くさいんだ」
「クレアちゃんは可愛いからいいだろ」
「カリムは俺からすると可愛くないから嫌だ」
お前からみたら可愛いだろうが。という言葉をこめられた台詞にラルスは目を瞬かせる。可愛いだろうか。一般的に見れば、男にしては可愛い顔をしていると思うが。
「ラルス! お前、目を離すとすぐにそうやって!!」
ヴィオとラルスの距離が近いことに気づいたカリムが吠える。リーナですら苦笑して、ズンズン歩いてくるカリムを止めない。ヴィオは両手をあげ、早々降参をアピールするとラルスから距離をとる。
近づいてきたカリムを見上げてラルスは考える。可愛いだろうか。女にも見える顔に怒りを浮かべて自分を見下ろす男は。
少しラルスは考えて
「可愛いか、可愛くないかでいったら可愛いか?」
と首を傾げていったものだから、ヴィオが吹き出した。
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