強制エンカウント
リンと関わってろくな目にあったことがない。
この世界に生まれて落ちて、右も左も分からない頃、クティを助けたのはリンだった。リンがいなければクティは今まで生きていない。ただでさえクティの食事の条件は面倒くさく、戦闘向きの能力でもない。リンがクティを気に入り庇護下においたからこそ生き残れた。その事実をクティは理解している。
だが、それに感謝しているかと言われれば話は別。むしろあっさり死んでしまった方が楽だったのではないか。そんなことすら思うときもある。
今回だってそうだ。
何十年も魔女に呪われた地に引きこもっていたリンがいきなり出てきたのは少し前。といっても、わざわざ出てきたなんてクティに報告するような相手でもないので、噂で聞いた程度の話。こちらに関わってこないなら関係ない。ここ数百年はすっかり呪われた一族にご執心のリンが今更自分に声をかけることもないだろう。そうクティは油断していた。不安定だった存在も安定して、住処も出来て、同族も出来た。その事実にすっかり気を緩めていたのだと、なんの前触れもなく住処に現れたリンを見て理解した時には遅かった。
お前のとこに幽霊食う奴いたよな? かせ。と物か何かのように、クティなりに大事に育てた後輩を拉致しようとしたときには久しぶりに抵抗した。リンと真面に対峙するのも久しぶりだったので、食われるんじゃないかと内心恐ろしかったが、リンと数度会話したことがある程度のマーゴを本人の前に差し出すなんてことはクティには出来なかった。
リンは自分たちみたいな不安定な存在の中では神と言ってもいい。明らかに邪がつく方ではあったが、生まれ持っての能力も食べ方すら分からないうちに死んでいく同胞たちの中で、たしかにリンは憧れの存在であり希望であった。あそこまで強くなれるのだということはいつ消えるかも分からないクティたちにとっては心の支えだったのである。
けれど、好きかと言われれば答えは否。憧れはあくまで遠くで、出来れば世界の反対側くらいで噂を聞くくらいでちょうどいい。リンという存在は同胞にとって希望の星であり、同時に厄災でもあった。リンの気分一つで食べられた同胞は両手で数えても足りない。クティが知っているだけでもそれなのだから、数はもっと多い事だろうし、リン自身覚えてすらいないだろう。
そんな希望と絶望をミックスしたような存在が、唐突に現れるのは恐怖でしかなかった。しかもリンはクティのことを物か何かだと思っているので、説明なんてしない。俺の言うことを聞くのが当然だとなんの疑いもなく思っている。
付き合いが長いクティ相手にもそれなのだ。人間の寿命すら超えていないマーゴなど物どころか、部屋の隅にたまっているホコリくらいにしか思っていないだろう。
マーゴをかばいながら、なんの用ですか。と問い詰めるクティにリンは首をかしげた。なんでコイツしゃべってるんだ。というような不思議そうな顔で。
「なんで俺がお前に説明しなきゃいけないんだ?」
最悪だとクティは思った。ここ数百年平和だったから、すっかり油断した。目の前にいる暴君はこういう奴だったのだと思い出して、出てきたと噂を聞いた瞬間に逃げる準備をしなかった自分のうかつさを呪った。
「そいつだけでもいいんだけど、クティもついでに行けよ」
状況が理解できていないマーゴと苦虫をかみつぶした顔をしたクティを無視して、リンは笑う。そこには一切の拒否権がなかった。
最後の抵抗にとクティはため息をついたが、悪魔と呼ばれた存在はただ笑うだけだった。
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