笑えば君を忘れない

 自分の容姿が目立つものだと彰が気づいたのは早かった。町を歩くだけで周囲から視線が集まったし、時には声をかけられた。買い物するときおまけしてもらえるのはラッキーだけど、知らない人間になれなれしくされるのは不快だった。


 小学校の初日はひどかった。4年生からの転校ということもあって、珍獣みたいに騒がれた。女の子からはどこから来たの? と質問責めにあい、可愛い、可愛いともてはやされた。男からは、男の癖にとケチをつけられた。


 面倒くさい。というのが彰の本音だった。彰は自分の容姿にそれほど興味がなかった。容姿がよくて得することもあったが、他人と関わるのが面倒だし、あまり目立つなといわれている彰にとっては良いことではなかったのだ。


 しかし、目立つなといわれてもどうすればいいのか。ただ座っているだけでも人が集まる。家のなかにずっと引きこもっていればいいのかと叔父に問えば、なんともいえない顔をされた。


 もっと目立たない容姿であれば、気楽に生きられたのではないかと彰は思う。

 鏡でみた自分の顔はたしかに女のようだった。目は大きいし、鼻や口と小さい。小さな顔に綺麗に並んだパーツは作り物めいていて、無表情で鏡を覗き込めば不気味だ。

 これのどこが可愛いんだと彰は自分の顔をひっぱってみた。触れば温かく柔らかい。そこでやっと生きてる人間だと分かるような人形じみた顔。周囲が彰をもてはやす意味が分からなかった。


 可愛いというのは自分ではなく、弟のような奴をいうのだ。そう彰は何度もいいそうになって、いいそうになるたび悲しくなった。


 自分より可愛くて、かしこい弟は自分をかばって死んでしまった。


 鏡に写る自分を見ながら、彰はにこりと笑ってみる。いつも笑っていた弟を思い浮かべながら。

 しかし鏡に写った彰の顔は弟は似ても似つかないイビツな顔をしていた。双子なのに。性格も境遇も考え方も、何もかも違ったが顔だけはそっくりだったのに。

 双子なのに同じ顔が出来ないことに彰は悲しくなった。


「きっとトキアだったら、もっとうまく皆と仲良く出来る」

「トキアだったら、こんなことで悩んだりしない」


 自分と同じ子供とは思えないほど博識だった弟を思い出して、彰はいっそう悲しくなった。なんでここにいるのが自分で、弟ではないんだろう。弟が生きていた方が皆喜んだに違いないのに。


 弟を思い出して、無理矢理つくった笑顔はやはりイビツだった。それでも彰は鏡の前で笑顔をつくる。弟がいつか浮かべていた笑顔を再現できるように。何度も、何度も。


 彰は自分の顔に興味はなかった。

 けれど、弟の笑った顔は大好きだったのだ。

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