雨の日

 カリムは雨が好きだ。湿った空気も小さな雨音も。


 ソファに座り、一人本を読んでいると本の世界に自分が入り込んだような気持ちになる。剣の稽古も勉強も好きだったが、一人で過ごす時間がカリムにとっては大切だった。


 だから雨の日はいつも本を読んでいた。今回はリノにすすめられたミステリー。探偵が事件の真相を探しているところ。


 雨音を聞きながら、文字をおっていると何かが動く気配がした。顔を向ければラルスが部屋に入ってくるところ。眉間にシワ、手には寝室からもってきた毛布。いかにも機嫌が悪そうな顔でラルスは無言のままカリムの前にやってくる。どうした? と聞くところなのだろうが、カリムも無言でソファのすみによけた。


 雨の日にラルスの機嫌が悪くなるのはいつものことだ。カリムが家にいる時間であればこうしてやってくるのも。


 ラルスはカリムに毛布を押し付けソファに寝転がる。カリムのお腹に頭を押し付けるようにして腰に手を回し、落ち着くところを探してもぞもぞと動く。やがて落ち着くところが見つかったのか、ふぅと息を吐き出した。それを確認するとカリムはラルスに毛布をかける。動けないため多少不格好だが、ラルスは何もいわずカリムのお腹に頭をすりつけたまま丸くなる。


「頭いたいのか?」


 黒い髪を撫でながら聞けば言葉にならない呻き声が返ってきた。声を出すのも億劫なのだと察したカリムは見た目のわりには柔らかな髪を撫でる。

 ワーウルフなどの獣種は、名前のとおり動物に近い特性を持つ。感覚が鋭く、人よりも強靱でしなやかな体を持つ。そして天候によって体調が左右される。


 ラルスはワーウルフの中でも五感が鋭いらしく、天候が崩れると共に体調を崩す。頭痛や倦怠感、眠気。そうしたものが雨のたびに襲ってくる。しんどそうに眉間にシワを寄せるラルスを見ると可哀相だ。そうも思うのだが。


「カリム、もっと……」


 なでて。という代わりにラルスはカリムの手に頭をすりつける。カリムの腰に回す手を強めて、さらに密着する様子は子供のようで愛らしい。


「お前が寝るまで撫でてやるから安心しろ」


 そういって頭を撫でれば、ラルスの目が嬉しそうに細められ、尻尾が揺れる。

 その甘える姿がかわいいと思ってしまうのは薄情だろうか。そんなことを思っても緩む口元をひきしめることができず、カリムはラルスの頭をなで続ける。


 控えめな雨音。傍らには好きな本。膝のうえには愛しい片割。前よりカリムは雨が好きだ。

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