綾小路の女
年末年始はなにかと忙しい。一年の終わりに挨拶回りに駆けずり回ったかと思えば、年が明ければ次の挨拶回りが始まる。
上に立つものの仕事だと咲はいうが、好きでもない相手に笑顔を振り撒き、お世辞をいうのが響は苦手だった。咲は内心はともかく本心を悟らせない。それも仕事だと割り切る姿をを見るとすごいものだと響は思うのだ。
そんな咲でも嫌がることはある。咲が嫌がるくらいだから、響も嫌だが普段は表に出さない咲があからさまに嫌がるところを見ると言い出しにくく、日頃好き勝手にしている自覚もあり黙っている事しかできない。
リンに愚痴をこぼせば、憎愛入り乱れててなかなか楽しいだろ。と首をかしげられたが、それはリンが特殊なのだと思う。
古くからある家柄だけに、面倒くさい仕来たりやら催しが多い羽澤家だが、特に面倒くさいのが新年の挨拶だ。これは羽澤家にて行われる盛大なパーティーで去年お世話になった関係者、今後も仲良くしたい相手を呼び寄せ、一族総出で誑かすために行われる。
問題はなぜか羽澤とは犬猿の仲と呼ばれる綾小路家も毎年呼ばれることであり、咲は綾小路家当主の妻がわかりやすく嫌いなのである。
綾小路家がやってくるのは分かりやすい。騒がしい会場が一瞬で静まり返る。それにたいして何の動揺もせず、むしろ集まる視線に微笑みをたたえて現れるのが綾小路の妻だった。当主は彼女の夫のはずだが、自分こそが上であると信じて疑わない態度には毎年あきれ返る。
血筋で言えば綾小路直系は彼女だ。当主も良いところの出身ではあるが綾小路の血はついでいない。当主という肩書きは形だけのものと言えるのだろう。
「明けましておめでとうございます」
彼女が優雅に微笑むと咲の表情がひきつった。同じく優雅に返しているが、いつもよりも表情が固い。家に帰ってから爆発しないといいがと響は思いながら彼女に話題をふる。咲の機嫌をこれ以上さげられても面倒だ。
「うちの息子がご息女にずいぶんお世話になったようで」
当主の娘であるソラとてんは夷月と同じ学校だ。話を聞くに家の確執など関係なく仲良くしているようで、響からすると大変ほほえましい。しかし目の前の彼女はどう思っているのだろうと水を向ければ、彼女はそれはもう綺麗に微笑んだ。
「こちらこそ、ソラのような不出来な子と付き合ってくれて感謝します。ずいぶん心が広いご子息なようで」
誉めているようにみえて、空気は冷たい。バカにしたと分かる態度に咲の額に青筋がみえた。これに関しては我慢しろというのも酷な気がする。
失礼します。とさっさといなくなった後ろ姿を見送りつつ、どうしたものかと響は考える。自分の娘を不出来と言い、片方の娘のことは話題にも出さない。遠回しにあんなのと付き合えるお前の息子はおかしい。といってくるのだから、母親としての愛はないのだろう。
綾小路家にも羽澤と同じく双子を隠し育てる風習があるのだと知ったのは、数年前。それこそソラとてんを知ってからのことだった。羽澤家よりも忌み子として嫌う風習は根深く、母親によっては生まれてすぐに殺してしまうことすらあるとか。ソラとてんがこうして生きているのは、夫であり当主である綾小路大悟が必死に止めたからだというのも聞いたことがある。
すぐさま他のものと談笑を始めた彼女を見て、大悟は何を考えているのかと視線を向ければ険しい顔をしていた。抱いた感情は同じらしい。
「なんとかしろ。お前の嫁だろ」
「できたらやっている」
思ったよりも弱り切った声に、大悟が苦労していることはうかがえた。身内ですら面倒くさいのに、大悟は婿にはいった身。響より一層勝手がきかないことは想像にかたくない。
呪いがとけて数年たった。未だに実感はわかないのが確かだが、終わったのだと長年羽澤で生きた悪魔は告げた。何か知っているらしい息子ももう呪われた双子は生まれないと断言した。
それでも今まで繰り返した歴史は浅くなく、隠し積もったものはたやすくきれいになるものではない。膿だしはまだまだ時間がかかるらしいと新年早々先がおもいやられた。
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