第一次ユーリ事件

 私には好きなモデルがいる。名前はユーリ。デビューから瞬く間に人気が出て、すぐさま雑誌の表紙に抜擢、特集ページを組まれた人気絶頂のモデルである。

 それなのに、プライベート情報が一切出ない。人気に比例して露出が増えるのが普通なのだが、彼に限ってはテレビの出演もインタビューすらない。


 なぜだ。なぜなんだ。あんなに人気なのに。イケメンなのに。と私を含めたユーリファンは日々泣いている。

 少しでも情報を手にいれようとネットの海をあさる日々。ユーリファンと情報共有するアカウントは今日も、推しが今どこで何をしているのかが不明すぎてつらい。と嘆いている。本当にそれである。雑誌の撮影以外で何してるんだユーリ。


 そんな私たちの疑問が解消されたのは予想外の出来事だった。


 その日もユーリファンと嘆いていた私は突如TLに現れた「これ、ユーリだよね!???」という文字越しでも伝わる興奮のしきったツイート。私は迷うことなく飛びついた。


 そして開かれたのはある会見のネット配信。舞台の中央では黒髪のイケメンが話しているがユーリではない。私はがっかりした。

 たしかに何かの説明をしている羽澤響はイケメンだ。羽澤家とかいうとにかくすごい一族の当主だということぐらいは政治、経済に疎い私もなんとなく知っている。


 しかし私がみたいのはユーリである。ガセネタかと落ち込みつつ生放送のコメントをみる。そこで私はユーリという文字と左端。という言葉を目にする。

 一体何のことだろうと何気なく画面の左端をみて、私は固まった。


 舞台袖。本来だったら生放送にはうつらない予定だったのだろう、二人の少年が無邪気に話している。片方は今説明している羽澤響によくにた黒髪の少年。

 そして、その隣に、なんとスーツ姿で並んでいるのが私の、いや私たちが探し求めたユーリに違いない。

 雑誌の撮影のときの無表情とは違い、黒髪の少年と笑いあう姿は年相応でかわいい。雑誌のなかではあんなにクールなのに!? ギャップすごい!


 私の思考と流れるコメントもほぼシンクロしており、スーツ姿も含めて謎のモデルの予想外の登場に生放送は盛り上がっていた。

 ちなみに響が何をいっているかは全く頭にはいってこなかった。


「以上が施設の説明になるのですが……どうやら、ネット配信を見ている方はそれどころではないようですね」


 一通り説明を終えたらしい響が苦笑と共にそうつげて、ネット配信用らしいカメラに視線を向ける。コメントも見れるように設定されていたらしく、施設の説明を見ながらチラチラとネット配信のコメントを確認していたらしい。


 響の反応に舞台裏で和やかに話していたユーリと少年が不思議そうに響をみる。かすかに小首をかしげる姿が配信にうつり、私を含めたファンが悶絶した。全く供給のなかった推しの突然の供給。死ぬかもしれない。


 そんな阿鼻叫喚のコメントを見ていたらしい響は苦笑し、舞台袖の二人に手招きした。せっかくだし夷月もユーリ君も挨拶しなさい。そういう響に、ナイス!! ありがとう! とコメントが盛り上がる。それを知らないユーリは不思議そうな顔で黒髪の少年と共に舞台袖から現れた。


 現場のざわめきが伝わってくる。ユーリをしっている相手が向こうにもいるのだろう。

 ユーリと少年は不思議そうにしつつも臆することなく響の隣にたつと、響が示した場所を覗き込む。そこにネット配信のコメントが表示されているらしい。


 黒髪の少年は笑いだした。ユーリ人気者だなー。と。それにユーリは目を丸くしただけで何の反応もせずに固まっている。


「これだけファンに愛されているのに、挨拶しないのは失礼だろう。なにか一言」

「……家がなんていうか」

「るいさんは応援してるんだから、問題ないだろ。何ならうちから圧力かける?」

「夷月、あくまで平和的な解決を目指そうな」


 ユーリはしばしコメントを見つめ、やがて決心した様子でネット配信の用のカメラに視線を向けた。

 突然の推しのアップで私もコメントも瀕死だった。


「皆様はじめまして、岡倉家当主、岡倉るいの弟、岡倉悠里です。今年からユーリという名義でモデル活動させて頂いています。岡倉家共々どうぞよろしくお願いします」


 そういって綺麗に礼をしたユーリは文句無しの王子様。私はその姿に感動のあまり声を失ったが、コメントが爆発する。先ほど以上に流れの早くなったコメントとその内容をみて、私はやっと理解した。

 彼はただのモデルではなく、国内でも指折りの名家の生まれである正真正銘のお坊っちゃまであると。


 その後、名門校と名高い黒天学園の在校生だとか文武両道だとか、羽澤夷月と親友だとか、数々の衝撃事実が出てくるのだが、そのなかでも一番の爆弾はこの事件から一ヶ月後にいきなり開設される羽澤夷月と共同配信チャンネルであり、突然の供給過多に私含めたファンが無事に死亡した。


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