業火の出会い
そこは火の海だった。
視界を覆いつくす赤い炎。すぐ近くにあったはずのコンクリートが熔けて、地面に液体が広がっていく。じゅうじゅうと鉄板に肉を乗せたような音が絶え間なく聞こえ続ける。
とてもじゃないが人が生きられる空間ではない。それなのになぜか生きている。
「ふざけんなよ」
炎の中、自分と向かい合う人影がひとつ。自分の他に燃えていない唯一のもの。
「なんでだ。あと少しだったつうのに。あと少しで俺は自由になれたのに!」
火の粉が舞うなか、人影が叫ぶ。泣き叫ぶような声は男のものだった。
顔の半分を覆い隠したマスクで造形が分からない。声と体格からいえば男だろうが、全身をおおう黒い服は男の両腕を拘束しており、自由に動かせるのは足だけのようだ。窮屈そうに身をゆすりながら男は叫ぶ。顔で唯一露出した口を大きく開くと獣のように鋭い、キザキザの歯が見えた。
「なんで俺の前に現れた! 管理者!」
それは自分の台詞だ。そう叫びたいのに言葉が出てこない。男の叫び声があまりにも怒りに満ちていたせいか。この状況に理解が追い付かなかったせいか。
いまからおよそ50年前、世界に異能と呼ばれる特殊能力を持つ人間が生まれた。いや、異能をもった人間が存在することに気がついた。
最初に発見されたのは兄弟だった。生まれたばかりの弟を兄が抱き上げた瞬間、電気がはじけた。理解不能だったそれが、兄の持つ異能だと分かったとき世界は混乱に包まれた。
調査によって超常現象を引き起こす子供が次々と発見された。それらを社会は異能者と呼んで保護した。だがすぐに、異能者だけでは異能を使えないことが判明する。異能者と対応する存在。管理者と後に言われる者がいないと、異能者は十分な力を発揮できなかった。
それらのことが判明してすぐ、政府は異能者、管理者の捜索を強化した。
しかし、政府の目の届かないところで異能を我が物としようとした犯罪者により、異能者と管理者の拉致事件が増加。保護という名目で施設に押し込められることに反発した異能者の失踪が始まったことを皮切りに異能を恐れた一般人の暴走。
度重なる事件により社会は混乱に包まれた。
社会を混乱させたのが異能者であれば、平和にしたのも異能者であった。政府によって地位を与えられた彼らは自ら異能者による事件を解決するため動くようになる。
そうして結成されたのが異能犯罪対策科。彼らの活躍により、異能発見から混乱を極めた社会は秩序をなんとか取り戻したのである。
といっても、そんなことは一般市民である花火灯火には関係がない。
異能者はテレビの向こうの存在で、同じ世界に存在するものだとは思っていなかった。それなのに、なぜかいま、灯火は火の海に立っている。
「俺は絶対に認めない。お前が俺の管理者なんて認めない!」
「俺だって……!」
やっと出てきた声はかすれていた。それでも灯火は男を睨み付けた。男が自分を認めないように、灯火だって男を認めるわけにはいかない。
煙と火の粉が舞う中でも普通に呼吸ができる。それが異常なことだと灯火は気づいていた。けれど気づきたくなかった。
管理者と異能者は運命共同体。異能者が出した能力で管理者が傷つくことはない。それはつまり、灯火は目の前の男――異能者に管理者だと認識されていることになる。
異能者と管理者の成立は相性だという。そこに本人たちの意思は関係ない。全く知らない他人でも、相性さえあえばバディになれる。他人事で聞いていたときは、なんて運命的な話だろうと思ったが、いまはそれが煩わしくて仕方がない。
「俺は平穏に生きたいんだ!」
だから、絶対に、自分が管理者だなんて認めるわけにはいかなかった。
それでも、どうしたってこの出会いは、二人の人生を大きく変えていくことになる。
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