第45話 ベヒシュタインとドビュッシーとプロポーズ

 はい、少々遡りますが。プロポーズでございました。

 つい。

 はい、ついです。つい。いや、ついに?

 ──っていうかですね。初稿のときは、プロポーズらしいプロポーズって書いてない気がするんですよね……。

 どうだったっけ……。


 まあ、思い出せないので、横に置いて。


 ベヒシュタインです。

 第26話で少し書きましたが。

 動画で色々と、ベヒシュタインの演奏を聴いて気分を盛り上げまして書きました。ありがとう奏者の皆さま。このシロップのような濃い甘味でありながら爽やかさをも感じさせる音色おんしょく、モーツァルトくんの、はにかみがちな優しさにピッタリだと思うんですよ。暗い曲調に明るい希望を見出だせる。でもって大変にお上品です。スカトロ坊やは見事に隠れます。ズドンとくる低音に、軽やかに舞う高音。ソナタのK.457なんか、えらいチャーミングですよ!(You○ubeベヒシュタイン公式チャンネルより)これイケるな!!


 そういえば、この練習時に結架が弾いた曲には、実は水が共通していました。

 ドビュッシーの『水の反映』は、題名からして、まんまですね。

 もうひとつ、『アラベスク第1番』。こちら、リズムの異なる声部を同時に奏するポリリズムという部分が、川の流れを表しているそうです。

 で、『バラード第2番』。この曲はショパンなので先の二曲とは作曲家が異なりますが。ググってみたらですね。アダム・ベルナルト・ミツキェヴィチという詩人の書いた詩から着想を得て作曲されたのだという説があるそうです。でもって、その詩の内容が、〝神秘なる湖の伝承〟なんですよ。

 ──戦禍に飲まれ落城する寸前、乙女たちの祈りによって湖に沈んだ城と、その神秘を明かそうとした騎士の伝承です。亡国の儚い姫と、触れれば死ぬという乙女たちの化身である睡蓮の花が幻想的で耽美なのですが……そうした概要しか調べられませんでした、ネットでは。探せよ本をという声が聞こえそうですけれども、まあ、本篇とそこまで関わらせるつもりはないので、お許しください。

 単に共通項として「へぇシンクロニシティっぽいなぁ」ってなことを思っただけではありますので……。


 それにしても、この『バラード第2番』。献呈されたシューマン曰く「第1番ほど芸術的でない」ということですが。比較的最近では日本の誇る〝男子フィギュア界における絶対王者〟氷上の王羽生選手が使用した曲には及ばないとされてる。が、しかし。昔から汐凪の創作意欲の栄養源でありまして。やっぱりテレビ・ドラマの作中で効果的に使われていたのが大きいですねぇ。詳しくは別エッセイで語っております、この曲って、ちょっと創作者には麻薬的効果があると思うんですよ。マジに。シューマンに逆らうのもなんなんですけど、私は第1番より第2番が好きです。


 そういえば。

 ベヒシュタインへの賛辞を残している作曲家は何人もいますけど。

 ドビュッシーさんの言葉は凄いですね。


「ピアノ音楽はベヒシュタインのためだけに書かれるべきだ」


 ピアノ音楽にとって理想的な楽器なのでしょう。個性的でありつつも、ピアノとはこうあるべき、重厚感と軽快感を併せ持つ、どこまでも透明で輝く音。優しさは無限に、激しさはくことなく、あらゆる表現をしたいという奏者の要求に応える力量を備えたピアノ。私も、もしピアノが弾けたなら、ベヒちゃんに完全にオチると思います。


 ある動画では、「ベヒシュタインを弾くと上手くなったような気がする」という言葉があり。それだけ音そのものが生まれながらに美しい。端正なんですね。真っ正直で、だからこそ技術のある演奏家が弾くと、もう向かうところ敵なしです。うっとり聴き惚れて時間を忘れます。


 特に、高音の柔らかさが夢のようなんですよね。

 普通、高い音域を強い力で弾くと耳に突き刺さるような音色が多い気がするのですけど。ベヒシュタイン様はもう、甘い。丸い。軽い。それでいて、威力が高い。

 ピアノの〝ストラディヴァリウス〟と呼ばれるに相応しい。


 そんな名器で結架がロマンティックな曲を弾いてしまったものだから、起こったのかもしれませんね、プロポーズ。ドビュッシーのせいかも? まあ、彼の恋愛遍歴や結婚生活の話題は、非常に不愉快であるので、ご興味のある方はググってみてください。まぁー、ひっどいですよ。マジに。

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