第23話 母なる曲、また父でもある曲、それはアルビノーニのOb協奏曲

 ショパンのバラード第2番と、とあるテレビドラマが本作の原点にあるということは別のエッセイでも書いたので、すでにご承知の方も、もしかしたらいらっしゃるかもしれません。

 はじまりの曲。それがバラード第2番です。


 今回は、全編を通してのテーマ曲というか、根元にあるというか、そういう最重要の曲についてです。


 中学一年生の冬の終わりから中学三年生の初夏にかけての(長いな)どこか、だと思うのですが。


 本作の第11話においてお話ししましたN○Kラジオ番組『朝のバロック』(旧称)を、その当時、毎朝録音(予約で)していました。カセットテープに。120分テープの片面が少し余るくらいです。これね、音質を考えると、もっと短いテープのほうがいいんですけど、曲の途中でA面が終わってしまってショックだったことが続いたので、仕方なく。しかも中学生ですから、百円均一で購入できるテープです。はい。……って、この、A面B面が分からない今時の読者さまって、ここにいらっしゃるんでしょうか……。なんだそれ知らねぇ! って御方は、実物を手にされることをお勧めします。大きさに驚くと思います。microSDカードが常識の方には、なんじゃこらでしょうね。でも、これね、面白い遊びも出来るんですよ。こう、どのくらい巻き戻す(あるいは早送りする)と、狙ったところを再生できるかというチャレンジを……ええ、やりました。作曲家名、曲名、演奏者名を聞きとるのに、何回も。

 脱線、失礼しました。


 ──っていうか、確か『創作は深夜にすすむ』でも書いたはず(あー書いてた、第7話です、〝熱愛のアルビノーニ〟とか恥ずかしいこと言ってます)。


 そうそう。朝、起きれっこないから、アンテナを調整して伸ばしたまま眠って、寝ている間に録音していたんだ。途中で目が覚めないよう、イヤホンコードを挿したままにして。


 そうして録音されたなかの、こちら。

 トマーゾ・ジョヴァンニ・アルビノーニ(1671–1751)作曲。

 ソリストは、ハンスイェルク・シェレンベルガー様。

 慥かイタリア合奏団との共演。

 オーボエ協奏曲ニ短調。作品9の2。第一楽章、Allegro e non presto。

 そうです。

 結架と集一が初共演することになった、演奏会でのメインの曲です。


 典雅 華麗 優美が束で襲いくるかのような美曲に、息の根を止められるかと思いました。

 人間、恍惚で死ねるんだなぁ。

 そういえば婚約者に抱きしめられたら本当に心臓が止まっちゃった女性が実在したそうなんですけど、これは音楽でも死ねる。


 いえ、いまも残念ながら生きてはいます。

 ただ、本当に、この衝撃は忘れられないんです。

 このとき、私はアルヴェノーニと名前を聞き取ったんですけど、綴りはAlbinoniですのでアルビノーニと読むのが正しいですね。国語のナントカ先生、ありがとうございます(訂正してくださった恩人の教師の名前を覚えていないという)。面目次第もございません……。


 このアルビノーニさん。

 あのヨハン・ゼバスティアン・バッハが非常に強い関心をもって研究し、教材にしたり自作に取り入れたりしたほどの作品を生んでいます。

 アントニオ・ルーチョ・ヴィヴァルディ(ヴァイオリン協奏曲『四季』で有名)と同じヴェネツィアに、彼より七年近く早く生まれておりますが、理髪師の息子だった彼とは違って貴族の血を引く裕福な商家に生を受け、金銭的に困ったことなどない。

 オペラ作曲家として有名となるも器楽曲にも素晴らしい才能を発揮し、協奏曲集を量産。

 ご商売は紙関係だそうで、はい、カヴァルリ家の家業に繋がります。


 自らを芸術愛好家ディレッタントと名乗り、あくまでもアマチュアだという立場を表明し、作曲を趣味としていたそうです。

 お聞きになりましたか皆さん!!

 アマチュア!

 ですって!

 アマチュア!

 腹立つわぁーこの完成度で。


 でも、やっぱり本音では羨ましい。

 生活において不安なんて感じることなく、趣味の創作にこれほど情熱を傾けられる環境にいるって、ねぇ。

 いいなぁ……。

 まあ、家業をきちんと回せていたからこそでしょうけれども。


 クラシック音楽の何がいいって、いろんな演奏家のバージョンで聴けることですね。沼たる所以ではありますけど。

 速く、かつ急速ではなく。って、これ、解釈によって違ってまして。

 以下、主にソリスト(オーボエ・ソロ)について語ります!


 池田昭子さんの音色は流石の優美さでありまして、それに合うようになのか、ゆったりめなテンポです。彼女の音は勿論とても柔らかいのですけれども、透明度の高い硬質さが、イヤホンで聴くとトランペットのようにも聴こえてくるので不思議です。息づかいのせいかな? 第一楽章はとくにその傾向が強いように思います。意外と第二楽章は音の動きがオーボエなんですよ、長くのばす音はやっぱりトランペット似ですが。なんでしょうね。クリアな安定感。


 ホリガー神(不動)とシェレンベルガーさま(至高)は音の質は全然違うけれども流石に師弟関係でもあるくらい、テンポはそう違わない。好き。このテンポでドーパミンが出るようになってる。

 なんていうかシェレンベルガーさまの柔らかさと張りを兼ね備えた音質と、装飾音の軽やかさが、たまらない。第二楽章の音の響きも傑出しているんだよもう。ブレスどこでしてんの。もしやホリガー神も出来るという循環呼吸法? まじ至高。だめだ、この御方の演奏を聴いていると、もうたまらんくなってくるだけで、言葉がこれ以上は出てこない。


 インデアミューレ様(尊い)もホリガー神の薫陶を受けていることもあり、また音はシェレンベルガーさま寄りで、ある意味最強。オーボエならではの軽やかな演奏は艶っぽい。あの殿方の脹脛ステキ……♡みたいな(変態)。第二楽章はもうテンポで「あれ、速っ」ってなるけど、個人的にはこのくらい速めでも好き。ただ、逆に第三楽章が緩やかめに感じるんだよな……。聴き慣れてきた演奏とはまるで違う、音以外。なのにこの説得力。凄い。そして装飾音。こういう動きか! やっぱ独自性高いな!


 シュテファン・シーリ氏は速い! のっけから速い! え、これ、もうプレストで良くね? って感じ。なのに第二楽章のアダージョは、しっかりアダージョ。そして第三楽章で、また速い。最速。すこし硬めで水晶質な音はホリガー神(磐石)と似てるかも。聴きこめない速さだが巧い。音まわりが好きだ。フレーズの流し方も恰好いいわぁ好きだな。ああ、こんな演奏もありなんだなぁ……。


 長々と語りましたが、とにかくも、この曲は、作品の母ともいうべき特別な曲でありまして。

 こう、いろんなソリストの演奏を聴いて集一の演奏はどんななんだろうと考えつつ、楽しんでいます。十代の頃は、多分シーリ氏くらいのテンポで天才のように超絶技巧を繰り出したかもしれない。インデアミューレ様も指のまわりが恐ろしく速いかたなので、曲によっては似た演奏になったかも。

 実を言うと、まだまだほかに少しは存じ上げてるオーボイストの方々はいらっしゃるのですが。なにぶん、録音作品を入手できていない方も多く。とりあえず、この曲の録音を持っている演奏家のことだけ語りました。

 なんか、ちらちら別の話になったりもしましたね。しかし、まだ語り足りない部分も多いので、もしや追記をするか、あるいは話数を追加するかもしれません。

 宜しければ、お暇なときにでも、ご笑覧ください。

 そして、この沼にようこそ。ふふふふふ♡

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