第11話 歌詞をサブタイトルにしてみた

 ヨハン・ゼバスティアン・バッハの世俗カンタータで、『羊は憩いて草を食み』という曲があります。

 バッハ作品主題目録番号B W V208。狩りのカンタータと呼ばれる、世俗カンタータ『楽しき狩りこそ我が悦び』の中の一曲で、第九曲にあたります。


 汐凪は、この曲を中学二年生のときに毎日、聴いていました。

 NHKのFMラジオで、『朝の○ロック』という番組がありまして(『バ○ックの森』と改題されてから暫くして、聴かなくなってしまいましたが)。その番組のオープニングテーマ曲だったのです。器楽曲に編曲されておりましたが、カンタータとしては歌があります。音域はソプラノで、歌詞は次の通りです。



 よき羊飼いの見守るところ

 羊たちは安らかに草を食む


 よき統治者の治めるところ

 安息と平和が地に広がりて

 人びとは幸せに憩い暮らす



 ……いい曲なんですよ、これが。

 牧歌的で、安穏と静和そのものの響きをしていて。

 リコーダーが、実にいい。歌っていても心地好いこと、この上なし。幸福感に充たされる。


 よく読むと結構教訓的というか、真理を突いているというか、なかなかに願いをこめられていそうです。

 実際、とある為政者に献じられた曲なのですが、身につまされますよね、たぶん。耳に心地好い曲調を通して、ごりごり来るだろうな……。

 もうちょっと詳しく述べると、ヴァイセンフェルス公の誕生祝典曲として依頼された曲だそうです。バッハの雇用主であるヴァイマル公が依頼主。明るく朗らかな曲ですけど、この歌詞だけ読むと、にこにこと襟首掴まれたかのような気がしてきます、私。讃えているという姿勢を見せつつも、そうであって当然と言わんばかりに、こう、

 ──よき統治者、だぞ。オマエ、わかってるよなぁ、あん?

みたいな。


 閑話休題それはそれとして。

 バッハというひとは、曲の理性的な造りとか構造の緻密さから、穏やかで揺るぎなさそうなイメージですけど、演奏に対する激しいダメだしを恨まれ、とある奏者と あわや決闘なんて逸話を残しているので、まあまあ気性は荒めだったみたいです。殴りかかられて、抜剣しちゃったそうなので。

 あんなにコンピューター的に計算されていながら心を落ちつかせる曲を生んでおいて、殺し合いも辞さないほど意志が強い。容赦ない。まあ、人間って、面白いですね。直に接するのは遠慮したいですけど。


 とりあえず私は、この曲を機嫌よく歌いながら、絵を描いたりジグソーパズルをしたり運転したりします。

 あたたかな陽射しを浴びる牧草地の明るい光景が、そこに吹く花の香りをふくんだ優しい風が、軽やかに歌い鳴く小鳥の囀りが、見えて感じられて聞こえるように。

 そうして、なんだかしらんが上手くいきそう、という気持ちになるので、何かに煮詰まるようなことがあれば、この曲を聴くと前向きになれるかもしれません。


 で、まあ、サブタイトルに使ったのは、まあ、歌詞のそのままではあります。

 羊飼いは鞍木であり、集一でもあり。

 統治者はカヴァルリ氏であり、また、別の数人でもあり。場面によって、立場は変わりますからね。


「ああ、この人も、そうか」と、お気づきになったところで物語の流れには影響ないかもですが、分かると一寸ちょっと嬉しい小ネタですかね。

 物語の解釈には、役立つとは思います。


 羊たち、人びと、というのは、ほぼほぼ結架ですけど、鞍木でもあり、集一でもあり、ほかの誰かでもあります。


 こういう些末だけど意味をこめる行為が昔から好きで、つい、仕込んでしまいます。

「気づいて~! 突っ込んで~!」と、思ってます。

 ネタばらしも好きなので、あんまり意味ないですね。あかんやん。


 バラしてないものもあるので、何か気づいて突っ込んでくださる方、お待ちしております。ぜひぜひ。

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