第二章40 《光明へ進め》

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「すまない……俺は、何も分かっていなかったのか」



 魚の苦玉を噛み潰した様に顔を歪めると、辛うじて謝罪の旨を絞り出す。

 酷く惨めだった。


 この怒りはきっと俺自身への物だろうと、行方を失った己の憤怒を理解したく無かった。

 簡単な話だ。

 自分は怒っていると、四夜の為に我を忘れるほど怒気を抱えていると思っているままでいたかったのだ。

 水城あずさ と言う体の良い『敵役』もいた。

 そんな強大な絶対悪に立ち向かう『正義のヒーロー』と言う構図に自ら落とし込もうと無意識下でしていたのだ。


 だが現実は、俺の想像の及ぶ少年マンガの様な世界とはかけはなれていた。

 犯人だと信じて、あれだけ罵声を浴びせていた相手は、むしろその逆で。

 今でも本当の犯人のうのうと何処かで生きていると。

 それに水城あずさ は『購買じゃないか?』と言っていたが、この感じ。

 恐らく今回も四夜は行方が分からなくなってしまっている。



「前回と、何も変わらないじゃないか」



 八方塞がりだ。

 事態は何も進展しないばかりか、むしろ無駄に多くの時間を浪費した分、前回よりも酷くなっているとすら言えよう。

 考えたくは無いが、脳裏に最悪の未来像が写し出される。


 血を流し、無残に天井に貼り付けられた四夜の姿が。

 想像するだけで沸々と耐え難い程の苦しみが湧き上がって来るのが分かる。


 ピアノ線だったか、細く、しかし無機質で頑丈な糸に手足を縛られて、四夜は俺を見下ろしていた……。

 何も映さぬ虚ろな眼差しで。


 そして、それは繰り返される。


 このままだと、恐らく今回も四夜は殺されてしまう。


 _____多分、ずっと……。



「あ……あはは。俺は……一体何を」



 俺は両手で耳を塞ぎ、たまらず頭を抱える。

 もう逃げてしまいたいと、藪枯らしの様にまとわりつく弱音が、俺の心を支配していくのが分かった。


 もう、何をしたって結果は変わらないのだから。


 忘れてしまっても……構わな__________



「顔を上げて、山瀬 涼太!」



 暗い幄に閉ざされた俺の心を、透き通る様な彼女の強い美声が突き抜けた。

 水城あずさ のその声に、俺は思わずハッとする。



「水城……」



 おずおずと顔を上げると、そこには口元を少しへの字に曲げてご立腹気な水城あずさ がいた。



「私だって彼女を助けたいの!」



 そう言っている水城あずさ の様子はいかにも必死そうに見えた。

 だがどうしてもそれが符に落ちない。



「待ってくれ、どうして水城さんはそこまでして四夜に拘る? 君と四夜にどれ程の関係が有ると言うんだ」


「それは……事情が有って詳しい事は言えないけど」


「どう言う意味だよ!」



 曖昧な返答に思わず俺は声を荒らげてしまう。

 だが水城あずさも、さらに上乗せする様に叫ぶ。



「でもっ! この気持ちだけは本物だから。じゃなかったら私……こんなに沢山もタイムトラベルを消費しない」



 消費、と言う言葉に少し疑問符が浮かんだが、それを追求するのは後にする事にした。

 考えて見れば確かに水城あずさがタイムトラベルを起こしていた原因が他に見当たらないのは確かだ。

 犯人からすれば、2度も成功した事件を無かった事にされているのだから、その憤りは想像に難く無い。

 ふと横を見やれば、少し気が立っていたのか荒い息遣いでそう言い切った水城あずさが、恥ずかしそうに顔を反らす。



「ここじゃ、場所が悪いよね」



 水城あずさ は、おもむろに立ち上がると、ベッドを横切ってそっと太陽の射し込む窓ガラスに手を伸ばす。

 そして、何か黒くて小さい物を指で摘まんでこちらに戻って来た。



「これを良く見て。実は私達、こうやって監視されているの」



 それを見た俺の脳内には疑問符が浮かんだ。



「ただの『ハエ』じゃないか? 一体何を言って……」



 そこまで言って俺は、ハッと気がつく。

 彼女が手にするその虫の背中に、小さな基盤が取り付けられている事を。



「これは昆虫の神経網に電子基盤を取り付けて、遠隔操作で情報収集をするための装置よ。私のいた時代でも軍隊や諜報機関が良く使っていた手ね」



 一見するとただの虫にしか見えないそれは、外見の目立たなさや、小回りの効く小ささ、そして安価なコストから俺のいた時代でも重宝されていた謂わば自立型のスパイドローンだ。


 しかし、



「そんなまさかっ……。 ここは1994年の日本だぞ! いくら何でもその技術は」


「ええ、この時代の技術レベルではなし得ない事。明らかに未来人の手によって作られた『オーパーツ』よ」



 たかがメール1つ携帯電話ではまともに送れず、ポケベルだってカタカナでしか文章を送れない1994年で、目の前のゴミの様な物体が、如何に科学技術的にこの時代を超越しているか。

 その事実に気がつく為に、然程の時間も必要では無かった。


 このハエの背中に取り付けられている基盤は、恐らく想像通り虫の神経を乗っ取り、意のままに操る為の装置だろう。


 それに、良く見るとハエの頭部も取り外されており、変わりにミクロサイズの一眼レフレンズに取り変えられているではないか。


 水城あずさ はハエから小さな基盤を引き剥がすと、糸の途切れた操り人形の様にピクリとも動かなくなったそれを窓の外へ放り投げた。



「今までの俺達のやり取りは、全て筒抜けだったって事か?」


「多分ね……」



 すると彼女は、その磁器の如き白く艶やかな手で、俺の手を引く。

 女性に手を握られる事などほとんど無かった俺は驚いてしまった。

 明らかに心臓の鼓動が早くなっている。


 悟られてはマズイと考えた俺は、咄嗟に言葉をかける。



「何処に俺を連れて行くつもりだ?」


「ここじゃない場所。こんな所で話してたらきっと相手に筒抜けだから」



 そう言うと、水城は処女雪色の美しい頬を紅色に燻らすと、少しはにかむ。



「話すって、何を?」


「決まってるわ。私達で四夜イチゴを助ける為の手立てを。彼女を救う光明を、私達で探すのよ」


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これより2人の反撃が始まります。

果たしてその先に待ち受ける悲劇とは……。

相当の死傷者が出る予定なので、改めて宜しくお願いします。

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