第二章33 《ああ、無情》
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少し左頬をさすると、見なくても分かるくらい腫れており、ズキズキと鈍痛が響いた。
「痛いな……」
もう先程の一幕から何時間がたっただろうか、少なくとも小一時間はこのまま冷たい廊下の床で打ちのめされていた気がする。
自らの不甲斐なさが犇々と心の臓から染み渡って、ホロホロの大根の煮物の様に美味しくなるのも時間の問題とさえ思えた。
「我ながら何を意味不明な愚考に浸っているんだかな……。人間様が根菜風情と同じでたまるかってんだ」
そうだ、実に今さらではあるが俺は俺なのだ、少なくとも野菜ではあり得ない。
独立した個人であり、この国の法律が一応民主主義を採用しているお陰で最低限の権利も保証されている。
要は自己決定権も己で持ち合わせているわけだ。
「なら俺が、ここまでして四夜を助ける義理ってあるのかよ……」
ここまで考えれば当然、いずれは至るであろう思考の帰結だった。
何しろ本来の俺の目的は四夜とじゃれ会う為でも、助ける為でもない。
何を求め、何の為にこの時代に来たのかと言う事を考えれば一目瞭然じゃないかね。
「俺って人間は最低のクズ野郎かよ。クソが……」
じゃあなんだよ、言ってみやがれこの大根風情が!
関係無いから目の前で苦しんでる女の子を見て見ぬフリをかますってか。
それは最低な野郎のする事だ、少なくとも俺の心情が良しとする所では無い事だけは、太陽が東から昇って西に沈むくらいに確かであり、それが揺らぐ事など決してあり得ない。
何より、四夜は203号室の大事な仲間だ。
やっと出来た……大切な仲間を見捨てるなど、俺は決してしない。
一度拒絶されて「何だよ、そこまでしなくても良いじゃないか」とショボくれたくらいで命を見捨るなど、それは端から助けるつもりなど無い奴の気まぐれに過ぎない。
「なら、行くしかねぇな」
思いたったが吉日と言うよりかは再度、四夜に顔合わせする勇気を貰える程の心の図太さと行動力が欲しいと思ったのは入学の時以来だろう。
当然さ、気まずいに決まってるじゃないか。
今さらどんな言い訳が出来る訳でもないし、都合良く思い浮かぶほど出来た脳ミソを持ち合わせていない。
だからと言ってこのまま四夜をほっておく訳にもいかんだろう。
会ってからの事は会ってから考えれば良いじゃないか、と言うカントもビックリの自己完結論を導き出すと、俺は重い腰を上げる。
かくして、四夜も既に戻っているであろうクラスへ向かった俺であったが、そこで待ち受けていたのは最悪な事態だった。
「君と言い……二人とも授業を何だと思っているのかね。全く、早く席へ戻りなさい」
「四夜は……戻ってきて居ないんですか?」
「ああ、君が連れ出したきり戻ってきて居ない。彼女の居場所などむしろ先生が聞きたいくらいの物だ」
「そんな馬鹿な。いや……まさかっ!」
四夜は、また行方不明になっていたのだ。
何故、気が付かなかった……俺よ!
前回の世界では四夜は行方不明になっていた。
世界が基本的に収縮しようとするなら、今回も確実に何かしらの原因で四夜は行方不明になるのは予測出来たじゃないか!
「抜かった……クソっ! 完全に忘れていたじゃないか! 」
口ごもる教師を押し退けると、逸る足で再び教室を後にする。
教室に戻ればそこに四夜がいるだろうと、勝手な妄想に耽っていたのだ。
確かに彼女の言動は前回と今回で大きく違う所も多々見られる。
それでも、大まかな結果事態には変化がないように世界線自体が情報線収縮を起こし、擦り合わせを発生させるのだ。
信じられない、こんな初歩的なタイムトラベルの弊害を忘れる何て。
このままでは……
「四夜が消えたと言う事実は歴史通りに更新される。と言う事は……前回同様に見つけられないかもしれないのか。クソっ! どうしてこんな事に気が付かなかったんだ俺は! 馬鹿も休み休みにしておけよ……っ」
四夜、何処にいるんだ?
俺はこの先に起こる事をあらかじめ知っておきながら、また何も出来ないのだろうか。
「そうだ……」
学校玄関で辺りを見回していた俺はとある事に気が付く。
「先回りして、あそこで待ち伏せれば……あるいは」
出来る物ならばやってみるが良いと、神なる物にあざ嗤われているとも知らずに。
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