第二章41 《掲げよ!反撃の烽を》

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 暫く階段の続くこの長い回廊は、どことなくひんやりとした雰囲気を醸し出している。


 いや、少し違うな。

 目的の場所へと近づく度に人気はいなくなり、自ずとそうなって行くのだ。

 すると直ぐそこに、緊急用避難口を通行人に知らせる緑色の蛍光灯と、特徴的な白い走る人のマークが施された標識があった。


 現在高校校舎の7階にまで登って来た俺と水城は『exit』と書かれたその標識の前で足を止める。

 これは本来屋上へと繋がる経路が存在しないこの学校ならではの方法だった。


 俺達は緊急用避難経路を使って校舎の屋上へ出ようとしていた。


 俺はその場に膝を着きしゃがみ込むと、申し訳無いと思いながらも水城から借りたヘアピンの折り目を水平に広げ、慎重に鍵穴に差し込んだ。

 ピンク色に色付けされた金属片を伝って手に伝わる微かな突起物の感触を頼りにヘアピンを上下左右へと動かして、隙間を縫う様に更に奥へと差し込んで行く。



「出来るとは言っていたけど……こんなに手際が良い何て。一体何処でそんな悪い手品を覚えたの?」


「悪いとか言うなよ、心外だな。子供のころ、父親の研究室にどうしても入って見たくてな。毎日、父親が学会に出て居なくなっている隙を狙って何度も忍び込もうと試みたんだ。『DTube』とかの動画サイトを使ってやり方を調べながらやってる内に覚えちゃってな。その後は慣れだ」



 確かあれは小学生の頃だったかと思い返し、俺は思わずニヒルな笑みを浮かべる。



「研究って、あなたのお父さんは科学者だったの?」


「厳密に言えば物理学専攻だったはずだ。それも素粒子物理学の、な。それに職業柄か、天文学にも明るかったらしい」


「『だった』とか、『らしい』って、どうしてさっきから過去形にしたがるの?」


「ああ、その事か。父親なら俺がここに来る大体1年前……2025年に死んだからな。国内にいる無政府主義のテロリストによる暗殺だったらしい」



 背後からハッと息を飲む音が聞こえる。



「ごめんなさいっ……私、無神経な事を聞いちゃって」


「いや、別に良いんだ。もう1年も昔の話しだからな。今さら取り乱したりする事もない」



 顔は見えなかったが、水城が苦しそうに吐息をついているのが分かった。

 少なくとも、彼女も何処か思う所があったのだろう。



「もしかして、家族はお父さんだけだったの?」


「ああ、そうだ。母親は俺を産んだ時にな。だから顔すら知らない。後は双子の妹が居たらしいんだが、物心ついた時には従姉妹の家に養子として引き取られてた。今まで会った事もない」



 言い終わったと同時に手元から『カチャッ』という軽い施錠音が鳴り、微かだがその感覚に手応えを覚える。


 俺は膝をついて立ち上がると、丸い金属製のドアノブをひねり、ゆっくりと押し開ける。


 そこには晴天白日の青空が広がっていた。

 ドアの場所が完全に屋上では無かった為に出た場所は非常階段の踊場だが、眼下にはピンク色の桜並木や、歴史を感じる大正ロマン的建物、無駄に広々とした学園都市大とその付属校の敷地が全貌出来る。


 俺は思わず白い塗装の剥げかかっている鉄製の手摺を掴むと上半身を少し乗り出し、風に委ねる。

 吹き込んでくる爽やかな風が体を包み込む様であり、実に心地良かった。



「だから、1人には慣れてるつもりだったのにさ。まだこの世界線に来て数日だけど、気が付いたら仲間と呼べる人違が出来ていた」



 俺は手摺から両手を離すと、残り数段の鉄板制の階段をゆっくりと登って行く。

 屋上は直ぐそこだった。



「しょっちゅうムカつくけどさ。少なくともルームメイトとして、俺はあいつらが好きになってきてたんだ」



 脳裏に浮かぶのはいつも優しげな東先輩や、能天気が服を着て歩いている様な浅倉先生、そして四夜イチゴ。

 無意識の内にノスタルジーに浸っていた俺の後ろから着いてくる水城は、ただ静かに聞き手へ撤してくれていた事が、今はただありがたかった。

 そんな彼女の思いやりに俺は思わず縋ってしまう。


 心の内を誤魔化す様にうっすらと作り笑いを浮かべると、努めて明るい声音で語りかける。



「聞いてくれよ。四夜とか言うロリッ子の奴さ、いっつも偉そうで、生意気で、口を開けば『バカ』とか暴言ばっかり吐いて来やがる。そのくせ朝は一人じゃ歯磨きも出来ないくらい生活能力が皆無と来てやがる。それでもさ、最近少しづつあいつの優しさや凄い所にも気が付いて来たんだ。特にこの前の周回でアイツを怒らせた時。あれは完全に俺の事を心配して、だからこそ1人で抱え込もうとする俺の事を本気で怒ってた。そんな不器用な奴がさ、こんなに酷い目にあっている。何とかして助けてやりたいが、俺1人じゃ八方塞がりだ」



 だからこそ俺は改めて頭を深々と下げる。

 バックには真っ青な晴天が広がっていた。



「この通りだ!203号室のルームメンバーは大切な、やっと出来た仲間なんだ。どいつもこいつも変人ばっかりで、いつも迷惑かけられているけど、やっぱりこの思いは変わらない……。けど、俺1人じゃどうしても力が足りなくてこのままじゃ八方塞りだ。さっきはあれだけ疑って悪かった。だから……その上で頼ませてくれ」



彼女はただ無言でうなずく。



「四夜を助ける為に、協力してくれ」


「元よりそのつもりだから、全面的に協力するわ」



 彼女の心強い返答に、俺も力強くうなづき返す。。



「俺達の手でアイツを助け出すんだ。繰り返す悲劇の連鎖から」



 大きく息を吸い込むと俺は、両腕を左右へ広げると屋上のど真ん中で、吹き上げる春風をバックに宣言した。



「掲げるぞ! 今ここに、反撃ののろしを!」


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