第二章46 《タソガレドキ》

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 わかってはいた事なのだが、四夜イチゴの捜索は今回も順調に____________________





 ________難航していた。



 藤原委員長と二人で既に捜索した場所を上げれば、先ずは高校校舎内部、無駄に巨大な体育館の全フロア、大学と共用になっている20面以上のそれだけで小学校が入りそうな面積を誇るテニスコート、礼拝堂、そうやって校内のあちらこちらを回っている内に、日は沈み雲海が鮮やかな橙色に染まりつつあった。

 そして最後に訪れたのは……



「山瀬さんはこんなに端っこの方に住んで居たんですか?」



 彼女の背後を鉄格子を挟んで疾走した都営三田線がガタガタガタと爆音を鳴らしながら、結んだばかりの彼女の青いポニーテールをたなびかせる。



「きゃっ____! も……もうっ、ポニーテールさっきセットし直したばかりなのに」



 彼女は革製のスクールバッグをぶら下げている方とは反対の手で強風に持っていかれそうになる髪の毛を押さえると……



「あわ……あわわわ……。みっ、見ないでぇ____!」


「あっ……! 」



 彼女が髪の毛に手を伸ばしたと同時に黒地に緑色のレースが入った制服のスカートがフワリと持ち上がり、ピンク色のリボンが施された漆黒の【パンツ】が露になる。



 それは同年代の少女がはくには些か魅惑的過ぎると言うか……何と言えば良いのか……。



 取り敢えず、物凄くエッチだった。



 彼女は慌ててスカートを押さえ付けると、真っ赤な顔で俺を見つめてくる。



「見ましたよね……」


「いや……」


「見ましたよね!」


「すまなかった……」



 俺はスッと目線をそらすと、そう呟いた。

 少し瞳にウルウルと涙を滲ませる彼女は1つため息混じりの吐息を吐く。



「それにしても4月9日は踏んだり蹴ったりです……。もう……」


「俺に捜索を手伝わされている事とかか?」


「いえ、それだけじゃありません。色々あるんです」


「色々……か」



 そんな話をしている間に、俺達は遂に203号室まで来ていた。

 蔦やら雑草やらが生え散らかったままの二階建ての団地の一角にある俺達バンド部の部屋には現在、東先輩とその飼い猫ホワイトがいるだけの様だった。



「四夜さん……見つからないですね。何処に行っちゃったんでしょうか」



 太陽は既に少し前から地平線のビルの立ち並ぶ大海原に消えつつあり、俺達を包み込むオレンジ色の世界は昼間に比べ一段階温度が下がった様に感じる。

 俺は腕時計に目線を落とすと現在の時刻を確認した。



【5時 37分 11秒】



(タイムリミットは、あと30分も無いか。本当に藤原委員長に付きっきりで良かったんだろうか?)



 当然ながら本心で言えば今すぐ事件の起こる音楽室に直行して、未然に四夜を助けられるかも知れない僅かな望みに全てを掛けたかった。


 しかし本当にこの世界が前いた世界とほぼ変化の無い平行世界であると言うなら、当然俺1人の認識で確認出来うる程の大きな変化は訪れない。

 それが意味する事は即ち、下手に動いても未来は変えられない可能性が高いと言う事だ。



「くそっ!」



 俺はフツフツと腹から沸き上がる怒りの塊を、拳で付近に生えていた桜並木の一本にぶつける。



 しかし、本当に立派なソメイヨシノの桜の木は俺程度の力ではビクともせず、1枚の花弁すら舞い落ちて来ない。

 まるで嘲笑われているようだ。

 俺自身の力不足と、自分の存在がこの世界で如何にちっぽけであるかと言う認めたくない事実をマジマジと見せつけられていた。



「どうしたんですか!? 」



 彼女は俺の言動に気がついて急いで戻ってきた。

 そして硬い幹を殴り付けて赤くなった俺の手を取ると……



「こんな事をしても何も解決はしません。怒り任せに物事を進めても何も良い事は無いんですよ。 もっと……自分を大切にしてください」



 俺の手を優しく包み込む様に藤原委員長は左手で優しく触り、俺と彼女の距離が空間的に一歩縮まる。

 顔を上げると、そこには良く整った彼女の顔があって、ふとすれば吐息が掛かる程の近さで



(待て、何かがおかしい)



 頬を薄く桃色に染め恍惚としたその表情は、ともすれば簡単に恋に落ちて仕舞いそうなほど可憐で、儚げで、そして魅惑的で。

 鼻腔をくすぐる様な女性特有の甘い香りが、思考を緩慢にさせる。



(何なんだ……一体)



 俺は思わず一歩後ずさると、ハッと彼女から自分の利き手を離す。

 顔が赤くなってる気がするが、この際そこまで気にしている余裕は俺に残されてい無かった。



「お……俺は大丈夫だ! それより、こんな所で油を売ってる場合じゃないだろ」



 俺はさっさと歩みを進めると、少しだけ振り返り



「ほ……ほらっ。行こう……」



 しかし彼女はキョトンとした表情で少しだけ首を傾けたままその場を動こうとはしない。

 橙色のが彼女のバックでより一層その色合いを強め、辺りをピンク色で覆い尽くさんとするソメイヨシノと芸術的なコントラストを生み出す。

 しかし、如実に時間だけが過ぎ去り全てがもう一度手遅れになるまでのタイムリミットを可視化された訳でもあって、そう考えると気が逸る。



「何やってるんだよ!早くしないと……」


「山瀬さん、あなたこそ本当に急いでいるんですか?」





 ________は?






「だってそうですよね。本当に急いで四夜さんを探しているなら先ず、私達で二手に別れて捜索すべきでした。こんなに広い敷地内ですから、二人で一緒に行動して捜索したってそれでは二人である意味が有りません」



 なんなら今からでも二手に別れますか? と彼女は提案して見せる。

 しかし俺は……



「それは駄目だ。俺が認めない」



 当然だった。

 わざわざ藤原委員長を監視する為に無駄だとわかっている四夜の捜索に彼女を付き合わせて、その動きに異常が無いかを水城に伝えるのが今回の最大目標なのに、



「どうしてですか?」


「駄目な物は駄目だ。もう時間も少ない、早く残りの場所を探しに____」


「やっぱりそうです。山瀬さんは嘘がヘタクソです」



 彼女はそう言って元から垂れ目だったアーモンド形の双眼をより一層に歪め、まるで愛しい存在を見つめるかの様に俺を捕らえて離さない。



「何を言っているんだ……もう二時間近く探して一緒に歩き回ってるのに、嘘な訳が無いだろ!」



 俺は思わず声を荒らげる。

 しかし、彼女……藤原委員長はそれすらも予期していたかの様に慈母のような微笑みを浮かべると、まるで出来損ないの弟を心配すかの如く、そのかいなを広げる。





 ________止めろ、そんな目で俺を見るな。





「それならどうして、彼女が校内にいると断言出来るのですか?」


「それはっ____!」



 図星だった。

 まさか四夜がこの敷地内の何処かで殺されるから、とは口が裂けても言えない。



「それって……四夜さんを探してもどうせ見つからないと、そう分かっているから捜索の効率を無視出来るんでしょう。 強いて言うなら……そうですね、」



 俺は固唾を呑み込む……

 彼女は右人差し指にちょこんと頬を載せると、ニンマリと優しく微笑む。



「四夜さんの捜索より優先すべき任務が、山瀬さんには現在あるからじゃないですか?」


「____っ!」


「あ、やっぱり当たりですか? ウフフ、嬉しいです」



 俺の思考はぐちゃぐちゃに混乱して何が何だか……理解が追い付かなかった。

 彼女はなぜ俺の事を見抜いていて、何故こんなにも嬉しそうにしているんだ。



 得体の知れない恐ろしさが俺の体を包み込む。

 針は刻々と進み、あと5秒、4秒、3秒、2秒、1秒と気がつけば現在時刻は5時45分。



 コクコク、トクトク。



 気が付けば心音が針音と重なり、思考が停止したまま着実にタイムリミットだけが迫り来る。



 俺は____


 俺は……


 俺は


 ・


 .



「ウフフ……そんな顔しちゃって。ゾクゾクしちゃうわ」



 藤原委員長はカラダが疼く様に震えながら両手で俺の顔を慈しむ様に包み込み、これまで見たことのない程に熱気を帯び紅潮した表情で微笑んでいた。



 それは正しく



 性的な興奮を覚えている様に見えた。



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