第1章 バンド部結成

第一章1 《非運命的な出会いは突然に!》

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 世界って言うのは、まだ知らない物に溢れていたらしい。



 普通に生きて



 普通に恋をして



 幸せになって、そして死んでいく。



 俺にとってそれはある種の摂理であって



 私にとってそれはそれはある種の理想であった。



 人間を神様が形作ったその時から、延々と続くループの中で



 私達も、また生きているのだ。



 それでも俺は



 私は



 時間ときを越えて



 世界線うんめいすら乗り越えて貴方に会いに行く。



 一度しかやって来ない、甘くて酸っぱい苺みたいな奇跡をもう一度。






『ループ。これは、始まりの物語』



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

【西暦 1994年 4月 7日】


 先ずは俺、山瀬やませ 涼太りょうたと言う何の変哲もないただの高校二年生が、未来からこの時代……1994年にタイムスリップしてきたと言う事実を言っておかなくてはならない。


 教室の窓ガラスとはこんなにもガタガタと不愉快な音をたてる程に脆い代物なのかと考えていた。


 そんな所で何をしているかって? いわゆる転入生としての自己紹介だ。


 クラスに入るなり誘導された、教壇と言う一般生徒よりも一段階物理的に上にある立場から舐める様に教室内を見回す。


 すると、どんな美少女転入生がやってくるのかと期待していた割に、やって来たのは冴えない猫背男で心外だぞ、とでも言わんばかりの虚ろな男子高校生の面や、端から俺の話しに興味など無いと言った雰囲気で、日々の変化になど目もくれぬティピカルなギャルJKの奇抜な格好が目に映った。


 そんな風景を眺めながら俺は心の底からこう思った。


 彼らに言ってやりたい!


 そもそも日常生活の中で思わず目を奪われる様な美少女はそう存在しないし、ましてやそれが転入生で、甘酸っぱくも運命的な出会いを迎えるなど、それは小説や漫画の中の出来事でしか無くて、基本的にやって来る非日常成分など俺の様ながっかりする程の常識的存在でしかないのだと。


 彼女らにだって言ってやりたい!


 こちとら結構緊張しながらこの学校の絶え間ない坂道を登って来たと言うのに、蓋を開けてみれば見ざる聞かざるじゃないか。


 残りの言わざるは何処だと言ってやりたいが、俺は彼女らのコミュニティから既にシャットアウトされているらしく、教壇に立つ俺を放ってギャルトークに花を咲かせている風景を眺める事しか俺には出来なかった。

 せめて少しは話を聞いて欲しいと思うのは決して間違った願望では無いはずだが。



「山瀬くん?ど~うしたのかにゃ♪ 緊張して自己紹介しづらいのかな?」



 そう言って俺の肩をポンポンと優しく叩いたのは、このクラスの女性担任教師の浅倉あさくら 富子とみこ先生だ。


 というか語尾の「にゃ」ってなんだ「にゃ」って!

 あんたは人としての認識よりも犬猫の自覚の方が強いのかよ。

 だったら良い医者を紹介してやりたい……オススメは外科医だ。

 そこで妄想上ではネコミミが生えているらしい頭蓋骨でも切開して、海馬に電極ぶっ刺せば、少なくともおかしな語尾を付けたがる病は治るんじゃないか?と当時の俺は本気で心の底から思っていた。


 そもそも俺が歯に衣着せぬ豪胆な発言が出来る程の人間性を持ち合わせていたなら、「緊張などしていないし、先ず聞く側の態度が成っていないじゃないか」とでも言ってやれたのだが……今となっては後の祭りだな。



「初めまして。俺の名前は山瀬やませ 涼太りょうたと言います。以前は横浜の公立高校に通っていました。(嘘だ、俺は未來から来た)ここはクラス変えの無い学校だと聞いているので、これから2年間宜しくお願いします」



 にこやかに、そしてテキトーに。


 担任の浅倉あさくら 富子とみこ 先生へそんな素晴らしい会釈を返すと、予め頭の中で練っていた其っぽい自己紹介を披露し、言い終わりと共に指定された窓際の後ろから2番目の席に着いた。


 想像通り。

 良く出来た方じゃ無いか?と自分自身に及第点をくれてやる。



 そして同時に気が付いたんだ。どうして後ろは空席なんだ?と



 今から思い返せば……それもこれも全ては、神と言う名の不都合な存在が産み出した運命だったのかも知れない。



「これから礼拝堂で始業式を始めに行くのですけれど~。今日は何と!もう一人、転入生ちゃんがいま~す♪」



 浅倉あさくら先生からのビッグニュースに、クラスの中が異様な雰囲気でざわめき立ったのを今でも鮮明に覚えている。


 そりゃそうだろうな。

 何て言ったって二人目の転入生で、更に女の子と来た。


 運命に飢えた男子に止どまらず、ギャルグループまでもが興味を引かれる最中、彼女はドアを開け放ち、やって来た。



 この瞬間は目を疑ったね。


 だってつい先程、俺が否定した筈の非日常的で目を見張る程の美少女がそこには居たのだから。


 その姿はとても小さく、まるでミニチュアの精巧なお人形の様だった。


 凛とした彼女の立ち姿は黒田くろだ 正輝せいきの『湖畔』の様な、日本画と西洋画を組み合わせた透き通る美貌を、眺めているこちら側に彷彿とさせる。


 目鼻立ちはこの上無く整っており、長く艶やかな彼女の黒髪は少し風に揺れて靡く。


 目は大きく二重で、そのつり上がった目端が彼女の気の強さを誰もにイメージさせた。


 そしてクラス中が食い入る様に彼女の涼やかな声を聞く事になった。



「私の名前は四夜よつやイチゴ。訳あってアメリカから帰って来ました。どうせ一年間だけの短い付き合いに成るでしょうから、先に言って置くわ。初めまして、そして……さようなら」



 そう言い切ると何事も無かったかの様に平然と与えられた後ろの席へ向かう。


 あれには流石に驚いたよ。


 初めましての挨拶でいきなりさようなら~と言う奴は、古今東西を探しても四夜よつやイチゴを除いて他にいないだろう。


 よくよく考えればこの時から四夜よつやイチゴのヤバい片鱗は確実に見え隠れしていたのだ。


 当時の俺でも……直感から、四夜よつやイチゴはえらい美人だと思ったが、同時にヤバい奴だとも思った。


 だが、時の流れってのは俺みたいに逆流する事はあっても、止まる事などあり得ない。


 四夜イチゴはクラスの生徒になど目もくれず、スタスタと俺の後ろの席に歩いて来る。


 数多の視線をものともせずに無視しきって歩く様は、そこに存在するはずの彼女の姿が、まるでそれは誰もが目にする錯覚かの様にさえ思えるだろう。


 その瞬間、無意識の内に俺は四夜イチゴから目が離せなくなっていた。



「何よ。さっきからジロジロと見てきて」



 そう言って彼女……四夜イチゴは突き刺す様な鋭い目線を俺に向ける。



「なんか用でもあるの?」



 その瞬間俺は、はてと我に帰った。



「いや……何でも。」


「そう……。用も無いならこっち見ないで。バカ」


「バ……ばか!?おま、ちょ……いきなり何を」



 周囲からは四夜イチゴのキレッキレな塩対応に唖然とする俺を見て、クスクスと笑う声が聞こえる。


 期待していた皆には悪いが、俺達の出会いに青春の1ページを切り取った様な甘酸っぱさなど微塵も無い。


 だがまぁ、こんな感じで俺達は出会ってしまった訳だ。


 出来る事ならこんな出会い方はしたく無かったし、100歩譲ってこれが運命だとほざく神様でも現れたら、腹いせにロンギヌスでも直送してやりたい気分さ。



 だから本当に、つくづく思うね。


 どうか……偶然であってくれと。



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