第二章44 《逆転の一手》

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 時間は既に午後2時を回っており、昼休みの時間などはとうの昔に終わりのチャイムを響かせていた。

 5時間目の授業も半ばを過ぎようかという所に、俺一人で戻るのだから随分とばつが悪い。


 授業はちょうど聖書の時間だった。



「そう言えば……この学校ってクリスチャンの学校だったっけ」



 目立たない様に教室の後ろ側からそっと滑り込む様に入室するが、それでも引き戸からガラガラガラと音が立ってしまい、クラスメイトの視線が一斉にこちらを捉える。


 頼む……見ないでくれ。


 そんな心細い俺の隣には四夜イチゴも水城あずさも居ない。

 これから俺がすべき事は決して失敗の許されない重大な任務であり、上手く行けば四夜をこれ以上惨たらしい結末に逢わせなくて済むかも知れない……一種の賭けのような一手なのだ。


 ベッドは俺の命、失敗すれば一度きりでゲームオーバーの無茶な戦い。


 それでも四夜を助ける為に、水城も自分に出来る最大限の立ち回りをしてくれている。

 だからこそ、俺だって……決してミスは許されないのだ。


 そして俺は、後ろの居ない寂しげな空席に座り込んだ。


 それからと言うもの、淡々と授業をこなし、遂に目標の放課後となったのは、時計の長針が4時を示したばかりの頃だった。


 俺は改めて息を整え身だしなみを直すと、【彼女】の元に向かう。



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『いい? 作戦はさっき言った通りよ。あなたは私達と同じクラスの【藤原委員長】と今日1日……厳密に言えば事件の起きた午後6時まで決して離れずに一緒に行動して。それによって、少なくとも私の読みが正しければ【藤原委員長】は確実に何かしらの行動を起こすはず。何故なら犯人は既にあなたがタイムトラベラーだと分かっている筈で、更に言えば行動を起こす上で、あなたがこの上なく邪魔な存在になるはず。もしおかしな兆候があったら直ぐに私のポケベルに伝えて』



 水城あずさは、淡々と話し続けていた。



『【彼女】の特徴を挙げると、まず同年代で有ること、そして女性で有ること、最後に髪が青い事。。現状であなたが言っていた犯人の特徴とこれだけ合致するのは、私が思い付く限り彼女だけなの』



 それだけで判断するのは些か極端が過ぎるのでは、と思ったが水城あずさに言わせればこう言う事らしい。



『タイムキーパーの《一人とは限らない》と言う発言から汲み取るに、四夜さんを殺した犯人は、あなたと同じ目的で来た高校2年生のタイムトラベラーである可能性が高い。となると、犯行に及ぶにはこの学校の中にいるのがベストでしょうね。その上四夜さんとある程度の面識がある必要があるの』



 それは、四夜が始めに行方不明になった原因であるポケベルの通知にあると言う。

 確かあの時は、そう……校舎中に部員の募集ポスターを貼って回っていた時の事だ。

 四夜は途中いきなり203号室にポケベルを忘れたから……と言って慌てて何処かへ行ってしまったが、俺からみてもあの時の四夜の行動には不可思議な箇所が多い様に思えてならなかった。


 水城あずさの推測では



『あの時四夜さんはポケベルを203号室に忘れて来てなどはなかったんじゃないかな? 実際にはポケベルに来た予想外の人物からの予想外の内容に取り乱してしまい、その恥ずかしさからあなたの前から去ったんだと思うの。四夜さんは見るからにツンデレちゃんだから』



 カタカナ数文字で送れる内容に、何をそんなに慌てふためくのか俺にはさっぱり分からないが、安易に否定は出来ない可能性だと思えた。



『だから、【藤原委員長】に何処かおかしな行動が見られないか、監視してほしいの。もしも犯人だと分かったら直ぐにポケベルで私に伝えて。私は絶対に見つからない場所に隠れてから6時を待ってもう一度P-jump(タイムトラベル)を実行する。でもこれは最後の手段だから、出来るようならその場で捕まえて。それでも【彼女】が何1つ怪しい行動を起こさずに、それでも事件が発生したら、それはその時よ。これもjumpするから』



 スタンガンを持ってるかも知れない、しかも俺から見たって可愛い女子を素手で組伏せると言うのは……安全性からも、男子的にも無理な注文に思えたが、時が来たらやるしかないのだと覚悟を決めた。



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 そして俺は、ここに至るのだ。


 帰りのHRが終わり、先生達によって見つからない四夜の捜索が始まる、まさにその直前まで、藤原委員長は自分の定位置である教卓の目の前の机で健気に勉学に取り組んでいた。


 あまりにも俺達二人の想像と賭け離れた、ごく一般的かつ優等生的なその姿に、俺はこの作戦事態に疑念を抱くがそれでもやってみない事には始まらないのだともう一度自分に言い聞かせる。


 ブルドッグの前で縮こまり上がるチワワの様なみっともない俺に叱咤を入れるにはどうしたら良いか、全てが解決したら四夜に訪ねて見たいものだ。


 ふと彼女は勉学の手を止めると、こちらの存在に気が付いたらしく、キョトとした面持ちで、顔だけ俺に向けて来た。

 あの村田に四夜と比較して劣らない程の可愛さだと言わしめるだけはある。


 確かに大きく二重でトロリと目端の下がった目付きと、常に微笑みだけは絶やさない柔らかな表情は、四夜と対照的だが紛れもない美少女だった。

 それでも、水城あずさより少し濃いめの、サラサラとしていそうな藍色のロングヘアだけが、今の俺には不愉快に思えてしまう。



「山瀬さん……。どうしました?」


「藤原委員長、実は手伝って欲しい事があるだが……。これから2時間ほど付き合ってはくれないか?」



賭けをしようか神様とやら、俺は水城に全てを賭けるぞ。


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