第一章16 《わるいゆめ》

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 ベシッ!



『お前は……お前と言う奴はどうしてお父さんの言う事を聞けないんだ!』




 カーテンが締め切られた広く……どんよりと暗いリビングに、お父さんの振り上げた平手打ちの音だけが高い音で響き渡る。



 飲み終わったビールの空缶が広大なフローリングの床を埋め尽くす様に散らばっており、その真ん中にポツンと存在するガラスのテーブルの上には、何に使ったのか銀色のパイプが下げ捨てられる様に置いてある。



 そして……不思議な甘い香りが殴られて痣だらけになった私の鼻腔に漂って来る。




『ストレスが……ストレスが溜まってるんだよ!借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金借金!?せめて静かにしててくれよぉ!?』




 何かに取り付かれた様に足場のないリングをグルグルと歩き回る。

 そして……ふと止まったかと思うと糸の切れた操り人形の様にその場で崩れ落る。



 憎しみだけを湛えた闇より深い真っ黒な瞳で私を睨み付けると、初めから持っていたビール缶を投げつける。



 お父さんの投げた飲み掛けのビール缶が…弧を描く様に私の弾いていたお母さんの漆黒のグランドピアノに当たり、汚いその中身を哀れにぶちまけた。



 その様子はまるで……現在のお父さんを見ているかの様だった。




『どうして……どうしてバブルが弾けたからって俺だけがこんな目に合わなくちゃ行けないんだ。土地を買えば倍になって儲かるって……儲かるって聞いたのに!騙しやがって! チクショウ……この野郎!』




 大きい声を出しすぎて疲れたのか……お父さんはフラフラと立ち上がると、私の座っているピアノの椅子へとその憤怒の矛先を向けにやって来た。



 大人しく座っているだけの私にお父さんは無慈悲な拳の一撃を食らわせる。



 余りの衝撃に私はピアノの鍵盤に叩き付けられ、「ジャーン……」と言う不気味な音色がリングに木霊する。



 痛い何てレベルの物ではない。

 それでも私は涙さえ出なかった。



 グワングワンとする意識を何とか繋ぎ止め私は体を起こす。



 叩き付けられた鍵盤と譜面台の隙間にある角には割けた額から出た真っ赤な血がベットリと付着している。



 おぼつかない視界を何とか上へと向ければ……






 目の前に血で汚れた拳が、風を切る様に迫って来て……













「四夜……四夜!起きろ…四夜!」




 知らない天井だ……



 気が付くと私は少し固めのベッドの上で、大きくて……温かい誰かの腕にしがみついたまま寝ていた。




「また私……もう大丈夫な筈なのに」


「大丈夫か四夜!悪い夢だ……今のは現実じゃない。だから安心してくれ!」




 声の主はあいつだった。




「わるいゆめね……違うわ。あれは現じ…………………えっ!?」




 気がついたら私は山瀬 亮太優しい温もりに包まれていた。




「そんな事無い……そんな事無ねぇよ……!」



「泣いてるの……りょうた?」




 すると彼はプイッとそっぽを向いて、その瞳に讃えた大粒の涙を隠そうとした。



 そんな姿が何処か可愛く思えて……私もそっと大きくて硬い彼の背中に手を回す。




「気にすんな……。それより、やっと俺の事を名前で呼んでくれたな」



「ばか……」




 その後、暫くの間私達は無言のままお互いの温もりで満たし合っていた。


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