第32話 淀み


「実はこの村の周辺に大きな淀みを発見いたしまして……」

「淀み? 」


 聞きなれない言葉に訝しむヤスナガ。


「ええ。その浄化のために、この村での滞在を希望したいのです」

「それは構いませぬが……淀みとは?」


 訝しげに問うヤスナガ。


「淀みとは浮かばれぬ霊魂が集まる場所で放置しておくと人に悪影響を与えるのです。ですから早く浄化しておかないと」

「そんな場所があるんですか……」

「ええ」


 ヤスナガの言葉にあっさりと答えるイッキュー。

 続けてヤスナガが尋ねる。


「人に悪影響と言われましたがどんな影響があるんですか?」

「ただちに影響があるわけではありませんが……その付近では悪い事が起きやすくなります。そこが水辺であれば水死する人が増えたり、崖なら転落死や自殺が増えます」


 ようは心霊スポットのようなものだ。

 イッキューは静かに言った。


「鎮魂神官として、そのような悪しき場所を放っておくわけにはいきません。報われぬ魂のためにもやらなければ」

「なるほど……」


 ヤスナガも納得する。


(この人は性に関しては変な人だが悪い人ではなさそうだぞ? )

(みたいですね)


 マダラがクオンと心の中で会話する。

 ヤスナガ不安そうに尋ねる。


「その……浄化するときは村に影響は……」

「ありません。山の中ですし、私達だけで出来ますので、相手も霊魂ですから殴り合いに発展することはまずないでしょう」


 ほっと胸をなでおろすヤスナガ。


 どうやら大したことにはならないらしい。

 彼らが戦いになればそれだけで村が壊滅しかねないのだ。


「ただ、この辺の地理に不慣れですので道案内を「クオン頼んだぞ」お願いします」

「……ずるい」


 ヤスナガが先に言ってしまったので押し付ける事が出来なくなったクオン。

 するとセツナも手を上げた。


「じゃあ、セツナもクオン君と一緒に行く! デート♪ デートぉ♪」

「お前は経典の写経だ」

「なぜですかぁっ! 」


 クオンの非情な言葉に滂沱の涙を流すセツナ。

 クオンは冷ややかに言った。


「こちらは丁重に扱わなければならない大事な客人だ。その人達と一緒にお前を連れていけるか」

「でもなんで経典の写経まで……」

「さっき間違えただろ。ちゃんと勉強してない証拠だ」

「うう……」


 泣きながら床に「の」の字書き始めるセツナ。

 そんな二人の様子を横目にヤスナガは穏やかに言った。


「では、田舎ゆえに何もありませんが今日は休んで行って下さい。メイカ。案内を頼む」

「かしこまりました」


 丁寧に答えるメイカ。


「それから申し訳ないのですが……セ〇クスに関しては控えて頂けますかな? そのぅ……イッキュー様の常識がそうなのはわかるのですが……我々にとってはそのような軽い物では無いのです。場合によっては刃傷沙汰になりかねないこともありますので控えていただけるとありがたいのですが……」

「むぅ……」


 不服そうに眉をひそめるイッキュー。

 横にいるタルタが静かに諭すように言う。


「イッキュー。この人の言う通りです。『村には村の水がある』という言葉もあるでしょう? 私達の常識を押し付けるのは失礼ですから、紳士とは言えませんよ」

「……そうだな。『女に挿れたら女に従え』と言うからな……」


(ことわざが色々おかしい……)

(落ち着け! 突っ込んだら負けだぞ! セ〇クスと一緒だ! )

(あんたもかい! )


 ツッコミたい気持ちを必死で抑えるクオンとイッキューのボケにかぶせるマダラ。

 タルタが付け加えると若干納得は行かないようだが、不承不承うなずくイッキュー。


「わかりました」

「ありがとうございます」


 そう言ってヤスナガが深く頭を下げる。

 その後でメイカが客室へと案内した。


 二人が客室に行くと同時にヤスナガがセツナに告げる。


「セツナ。今日はクオンの家に泊まりなさい」

「いよっしゃぁ! 」


 ガッツポーズを取るセツナ。


「何故です……って仕方ないか」


 流石に諦めるクオン。

 セツナも一応嫁入り前の身なのだ。


「今日は♪ クオン君と♪ お・と・ま・り♪ 」

「イッペイ。今日はおまえんちに泊まるわ」

「何故ですか~~~~!!! 」


 滂沱の涙を流すセツナ。


「セツナ。諦めなさい」

「ううう。納得行きません……」


 ヤスナガの言葉に恨めしそうにつぶやくセツナ。


「ヤスナガ様は? 」

「わしは立場上逃げるわけにはいかん。メイカとジロウも案内の後は家に帰ってもらう。悪い人では無さそうだが、流石にメイカを同じ家に住まわせるわけにはいかん」


 二人は結婚して夫婦でヤスナガの身の周りの世話をしているのだが、こうなってはさすがにまずい。

 王種にもし一夜を求められたら貴種でも泣き寝入りするしかないのが実情だ。


 いくらイッキューが思ったよりも常識的とはいえ、さすがにあの神経では信用できない。


「では。明日の朝また来ますので」

「頼んだぞ」


 そう言ってクオン達はヤスナガの屋敷を後にした。

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