第1話 村人クオン

 山間やまあいに流れる小川はさらさらと心地よい音を立てている。

 そんな小さな川には釣り糸が二つ垂れており、その先には二人の男の持つ釣りざおに繋がっている。


「いい日和だねぇ」


 綺麗な顔をした黒髪の黄人の少年がのんびりと声を上げる。

 顔立ちのわりにがっしりとした体つきをしているが、それだけで無駄な筋肉の無い締まった体つきをしている。

 髪の毛は後ろで軽く束ねただけの簡素な髪型で長いと言うほどでは無い。

 そんな綺麗な顔にゆるんだ笑みを浮かべてのんびりと釣りをしている。


 もう一人の男はと言えばこちらはそばかすのついた青髪のそばかすが印象的な白人の少年でこちらはイライラとした顔で釣竿を動かしている。

 釣果が無くてイライラしているのだ。


 青髪白人のそばかす少年がぼやく。


「くそ、釣れねぇ」

「そんなこともあるさ」


 そう言って、傍らにある自分の魚篭びくを見下ろす綺麗な黄人の少年。

 三尾ほどアユが入っているのでゼロよりは多いがあまり威張れる量では無い。


「だが、気持ちが良いと言うのは同意だ。何にも考えずに寝たいな。クオンもそう思うだろ?」

「夕飯にありつけるならそれでもいいな」


 あくびをする悪友にけだるげに答える黄人の少年。


 彼の名はイサ クオン。


 この物語の主人公の一人だ。

 あくびをしたそばかすの青髪白人の少年が何かに気付く。


「うん? 」


 そばかすの青髪白人少年が急に釣り糸を揺らし始めて、すぐに糸を上げると餌が無くなっている。


「くそ。餌だけ取られた」


 忌々しそうに餌の付け替えを始めるそばかすの少年。


 彼の名はターナ イッペイ。


 そばかすが多い青髪白人の少年だ。 

 そんな悪友の様子をくすくすと笑うクオン。

 うらめしそうにクオンを睨むイッペイだが、すぐに別の事が気にかかる。


「お、見ろよ。何か始まりそうだぜ」


 そう言って餌の付け直しを中断して遠くを指さすイッペイ。

 三里(12km)先で何やらいざこざがあったようだ。


「ありゃ、獲物の取り合いみたいだな? 」

「みたいだね」


 森に入る手前ぐらいで鹿が倒れている。

 森の中からきらびやかな貴族風の毛服を着た男たちが五人ほど森の中から


「猫又に乗ってあの衣装。猫神の連中だな」

「みたいだね」


 猫又に乗っているのは元々東の方から来た異民族で焔獅子ケルトンと呼ばれる魔神を敬う一族だ。

 俗に猫神と呼ばれており、独自の民族衣装を着ている。

 恐らく森で鹿狩りをしていたのだろう。


 だが、そんな猫神を包囲するように、やはり五人ほどの男たちがいる。

 、男たちが乗っている以外にも二十匹ほどの狛犬が猫又達を威嚇している。

 遠過ぎるので鳴き声までは聞こえない。

 そして、男たちの服装はヤオヨロズ島で伝統的なお侍さんの姿で、きちっと着物を着こなしている。


「あちゃー。犬神と猫神が取り合いしてるのか?」

「どっちが正しいかはわからんけどね」


 お侍さんの服を着ていたのは犬神と呼ばれる一族でこちらは雷狼スパグラを崇める一族である。

 犬神と猫神は仲が悪く、しょっちゅういがみ合いをしている。


「どうも犬神の所領で猫神が狩りをしたようだな」

「だろうね。鹿は領土で区切って動いてくれないからね」


 なにやら、大声で言いあいしている事だけはわかる。


 ビカ、ボウ


 どっちが先かはわからないが、突然雷と炎が上がって双方とも抜刀した。

 そして、お互いに斬り合いを始める。

 それと同時に狛犬達も猫神たちに襲いかかり始めた。


「犬神が断然有利じゃねえか」

「そうとも言い切れないよ」

「どうして?」

「森の方をみなよ」


 森の方を指さすクオン。


 すると、森の中から猫又が続々と現れて、狛犬に襲いかかった。

 狛犬の方も分かっていたのか、そのままその牙と爪で応戦する。

 人間の方はというと、こちらもお互いに斬り合いを始めている。

 ときおり、雷や炎が上がる。


「どっちが雷だっけ?」

「犬神だよ。雷狼の一族なんだから当然だろ?」


 犬神は雷狼の一族で雷を使う事を得意としている。

 それに対して猫神は焔獅子の血を引いており、焔を使う事を得意としている。


 魔法自体は誰でも使えるが戦闘に通用する魔法の系統は一つしか使えないのが、この世界の摂理である。

 それも貴種と呼ばれる昔の神の血が濃い一族しか使えない。

 それを見てイッペイはぼやく。


「魔法が戦闘で使えるってのは羨ましいね」

「全くだ」


 イッペイやクオンのような雑種では焔も灯りになる鬼火程度しか作れない。


「鹿は黒こげじゃねえか」

「もはや意地で戦っているだけだよ」


 事の発端である鹿は炎や雷の流れ弾に当たり、まっ黒けになっている。

 すると誰かがそれに気付いたらしく指さしている。


 とはいえ、それが転機になったのか、猫神の側が森の中に逃げ始めた。

 さすがに逃げるとなると猫神の方が早いのかさっと森の中に隠れてしまう。

 犬神の方はというとダメージが大きかったのか、深追いせずに鹿を片づけ始める。


「犬神の勝ちかな? 」

「どうだろう?ダメージは犬神の方が大きそうだよ」


 さっき逃げていった猫神は特に怪我を負ったようには見えなかったが、犬神は何人かけがしている。

 軽傷ではあるものの、痛み分けと言ったところか。

 クオンがのんびりと呟く。


「この魔界も物騒になって来たねぇ」

「魔界がというよりはヤオヨロズ島が……だろ? 」


 魔界 イセリア


 太古の昔、世界を創造した3柱の魔神が居た。

 その神々は自身が生んだ8柱の神によって滅ぼされようとしていた。


 世界が滅びる時、創造神は最後の力を振り絞り、地中に世界を作った。

 創造神の血族はそこに住むようになり、その世界をイセリアと名付けた。


 これが魔界の神話である。


 そのため、地上のように地平線や、水平線といったものは存在せず、周りを見渡せば、このヤオヨロズ島を取り囲む大洋が広がっているところが見える。


 そんな魔界のヤオヨロズ島だが、現在は目下乱世の真っ最中である。


 30年前に起きたクズリュウ王家の後継者争いによってダイカク王とジミョウ王の争いが激化した。


 今のヤオヨロズ島は二大勢力が争う乱世である。

 クオンがつまらなそうに呟く。


「どっちが正しくてもいいが早く決着をつけてほしいものだ」

「全くだな、危なくてしょうがない」


 そう言ってイッペイは餌を付け直した釣り糸を川に放り投げる。

 この戦乱で色々世情が荒れている。

 彼らが住むマガツ村も色々と不便を被っているのだ。


 早く戦乱が終わって欲しいとクオンは願っていた。



 用語説明


 雑種


 魔人達の祖である108の魔神の血が薄く、簡単な魔法しか使えない。

 貴種は戦えるほどの魔法が使える者で、王種は強力な魔法が使える者。

 この世界は血筋で能力のほとんどが決定してしまう世界。

 

 犬神、猫神一族


 犬神は雷狼スパグラを猫神は焔獅子ケルトンを崇める一族。

 この世界では血筋が全てなので崇める神は自分たちの祖先そのものである。

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