第2話 村長の娘

 クオンは釣り糸を垂れながら戦乱が早く終わって欲しいと考えていると……


 ぴく


 クオンの釣り糸に反応があった。


「おっ? 来たよ」

「くそ、またかよ」


 苛立たしげに吐き捨てるイッペイ。

 完全に食いついているらしく、クオンの釣竿を力強く引いている。


「重いな。これアユじゃないな」

「何だよ」

「鯉かも知んない」


 明らかにアユより重い手ごたえに力いっぱい竿を引くクオン。

 だが、相手もさるもので、中々釣らせてくれない。


「でけぇな。かなりの大物だな」

「ああ、ちょっと網で取ってくれないか」

「ほい」


 そう言ってイッペイが網を手に取り、獲物を待ちかまえる。


ビクン


 急に大きく引っ張られて、数歩たたらを踏むクオン。

 危うく河に落ちそうになりそうになるが、寸前でこらえる。


「手伝おうか? 」

「いらない」


 そう言って、さらに糸を手繰り寄せるクオン。


(きつい……手ごわいな……)


 辛そうなクオンだが何とか岸まで手繰り寄せる。


「そろそろだな。もうすぐ出てくるぞ」

「よし、任せろ」


 イッペイが網を構える。

 だがクオンは再び大きく引っ張られて身体がぐらつくが踏みとどまる。


「これはもう川の主なんじゃねえの? 」

「わからね。けど、あとちょっとだ」


 ようやく、引き上げるところまでくる。


「よしいくぞ! 」

「おう! 」


 もはや水面でバシャバシャうごめいているのがはっきりわかる少しずつ糸の感じが軽くなる。


「いまだ! 」


 ばしゃん!


 おおきな水音を上げて、獲物が大きく空に浮かび上がる。

 金色のひれをもった鯉で間違いなくこの河の主だ。


(いよっしゃぁ! )


 心の中で快哉を叫ぶクオン。

 イッペイが網を伸ばす。


 ゆっくりと川の主がイッペイの網の中に吸い込まれていき……


「クオンく~~~~~~~~~~ん!!!!!! 」


ドカ!


 クオンは後ろからの衝撃によって川に向かって水平に吹っ飛ばされる。

 当然ながら彼の掴んでる釣り竿も引っ張られて河の主も一緒に河へと吸い込まれていく。


 落ちる瞬間にクオンは確かに見た。


 鯉が勝ち誇ってにやりと笑い、そのまま河に戻っていくところを。


バシャ~ン!


 盛大な音を立ててクオンは河に落ちた。


 元々腰までしかない川なので、苦労せずにクオンは起きあがる。

 腰のあたりに細い腕が絡みついているのを感じる。


「びしゃびしゃになっちゃったねぇ~」

「まず謝れ」


 冷たい目で腰に絡みついている女性を睨みつけるクオン。


 足首まで届くような長い艶やかな黒髪が水にぬれて綺麗に光っている。

 もっとも髪が顔にべったり張り付いているので幽霊のようになっている。


「えへへへ~クオン君だ~」

「謝れって言ったんだが? 」


 全く話しを聞かずにクオンの腰に顔をすりすりする女性。


「ふん!」

「ああん!」


 そんな女性の腕を振りほどいて何も言わずに河岸に上がるクオン。


「待ってよ~」


 女性は川からこちらに向かって手を伸ばしてくるのだが、髪が顔に張り付いているせいで周りが見えないのかその場をうろうろしている。


「待ってよ~。どこいったのクオンく~ん。真っ暗で見えないよう~」

「ほれ」


 釣りざおで頭をぺしぺし叩くクオン。

 すると女性は釣りざおをぱしっと掴んだので、そのまま釣りざおを手繰り寄せて河岸まで誘導するクオン。

 それを見てにやにや笑うイッペイ。


「大物が釣れたな」

「早くリリースしないと……」

「えへへへ~もう無理ですよ~。ちゃんと食べないと駄目ですよ~」


 にへらにへら笑いながらクオンの腰に再びしがみついて河岸で座り込む女性。


(髪が張り付いた状態でそんな笑い方すると怖いんだが? )


 心の中でツッコミを入れるクオン。


「いい加減、髪を直せ」

「うむ」


 そう言って髪を手櫛で整える女性。

 普段から髪を手入れしているせいか、ちょっと手を入れただけできれいになる。


 髪の中から非常に整った顔立ちが出てくる。


 見た目は一言で言うと典型的なヤオヨロズ美人だ。

 細く小さい顔で目はぱっちりしており、鼻筋もすっとしている。


「えへへへへ~」


 もっとも、今はだらしなく口元をにやけさせているので、その美人も台無しになっている。

 美人な癖にこの性格のせいで全く生かせていない。


「何の用だ。セツナ」


 彼女の名前はコドロ セツナ。


 彼らが住むマガツ村の領主の一族だが、クオン達とは幼馴染でもあるので貴賎の関係無く仲良くしている。

 だが、クオンの言葉に不思議そうに可愛らしく首を傾げるセツナ。


「何って? 」

「……用事があったから僕を川に突き落としたんじゃないのか? 」


 クオンが睨みつけながら問いただす。

 だが、本人は不思議そうに頭を傾げたままだ。


「それって用事がなきゃダメ? 」

「よし、もっかい川に落ちろ」


 襟首掴んで川に突き落とそうとするクオンをイッペイが慌てて制止する。


「落ち着けって」

「いーや。こいつはいっぺん一人で反省した方がいい」

「いやん。クオン君。服に手を入れるなんてこれからなにするつもり?」

「とりあえず、そこの砂利を着物に入れてくれ。もっかい川に落とすから」

「は~い」

「落ち着けっての!あと、セツナもやろうとするな! 」


 クオンを手で制止しつつ、セツナが砂利を集めるのを足で止めるイッペイ。

 すると遠くの方から女性の呼び声が聞こえてきた。


「セツナ様~」


 遠くでセツナを呼ぶ声が聞こえる。

 妙齢の女性が向こうからこちらへと近寄ってきた。



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