第3話 結婚の約束

「セツナ様~」


 遠くでセツナを呼ぶ声が聞こえる。

 メイカさんというコドロ家に仕えている妙齢の女中さんだ。


「あら、こんにちは」

「「こんにちは」」


 軽く会釈する二人。


「皆さんお揃いでどうしたんですか?」

「ちょっと釣りをしてたんです」

「まあ、それで釣れましたか?」

「主を釣り上げたところだったんですけど、コイツに邪魔されました」


 そう言って襟首を掴んでセツナを前に差し出すクオン。

 猫みたいに大人しいが「うりゅ? 」と呟いて不思議そうにしているセツナ。

 それを聞いて苦笑するメイカさん。


「まあ、仕方ありませんよ。セツナ様はクオン様ラブなんですから。早く結婚するのが一番なんですよ」

「それやったら、永遠に苦しみそうだし」


 そう言って笑うクオンだが、そんなクオンににこやかな笑みを向けるメイカ。


「そんなことありませんよ。結婚したら千年の恋も冷めます。冷めない夫婦はありませんから」


ブワッ!


 後ろからどす黒いオーラを吹き出しながら答えるメイカさん。

 最近夫婦喧嘩でもしたんだろうか?と考えて、なんとなく目をそらして明後日の方を向くクオン。

 そんなクオンにイッペイが助け舟を出してくれる。


「メイカさんどうしたんですか?今は仕事の時間じゃ? 」

「ええ、実はお館様からクオンを呼ぶようにと言われておりまして……」

「僕? 」

「ええ。そしたら、セツナ様が私も行くって言われましたので一緒に探しに来たところ……」

「川に突き落とされたと」

「そうですね」


 ころころとメイカさんが笑う。

 クオンがちらりと腰にしがみついたセツナに目を向ける。


「ぐふふふクオン君の匂いがします~」

「水に濡れてんのにするのか?」


 薄気味悪い笑みを浮かべながらにやにや笑っているセツナが居た。


(このバカ……)


 クオンは諦めてイッペイに声をかける。


「だそうだ。俺はこれから行くけどどうする?」

「そうだねぇ~俺はもう少し釣りしていくかな? 」


 そう言ってまだ空の魚篭を持ちあげて見せるイッペイ。

 するとメイカさんが声を上げる。


「すいません。イッペイさんも呼ばれているんですよ。同じ件で」

「俺も? 」


 不思議そうなイッペイ。


「最近山に出る魔物の話しはご存じですか?」


 訝し気な二人。

 するとメイカさんが事情を説明してくれる。


「例の不可解な叫び声についてですか?」

「それです。山の峠で不可解な叫び声が聞こえるんです。大きな獣の姿も目撃されてますので」

「なるほどね」


 イッペイが納得する。

 彼は商家で魔物を取り扱う仕事をしている。


 魔物とは魔人の生活に欠かせない動物で、生活のほとんどは魔物によって行われている。


 荷物を運搬する「オオカブト」や畑を耕す「バケミミズ」などがいる。

 そういった魔物を生育、改良する仕事をしているので、魔物退治となれば呼ばれるのも必然だろう。


「幸い村人にはまだ被害はありませんが何人かの旅人が殺されてるみたいなので、討伐するとのことです」

「それじゃあ、行くしかないな」


 イッペイが荷物を片づけて立ち上がる。

 クオンも立ち上がろうと声を上げる。


「じゃあ、行くか」

「そうだな」

「ぐへへへへへ~クオン君」


 未だににやけ面でクオンの腰にしがみつくセツナ。

 仏頂面でもう一度声を上げるクオン。


「行くぞ」

「おう」

「ぶふゅふゅふゅふゅふゅ~」


 気持ちの悪い声を上げるセツナとしがみつかれて立ち上がれないクオン。


「なあ……」

「ああ……」

「げふ~~~~~」

「さっさと放せこのアホ! 」


 ゲシ!


 セツナに一撃を入れてむりやり放すクオン。

 だが、頑丈なセツナはちょっと手を離しただけにとどまる。


「どうして殴るんですか! 」

「邪魔だからだよ! 」

「酷いです!愛が感じられません! 」 

「元からねぇよ! 」

「悲しいです。子供の頃は将来を約束したと言うのに……」


 そう言って袖で涙をぬぐうふりをする。

 その目には一滴の涙も見えず、チラチラ見てるのでウソ泣きなのが確実である。


「子供の頃の話だろーが! 」

「ちゃんと証文があります! 」


 そう言って懐から……胸は大きいのでやたら艶めかしい……なにやら書状を取り出す。

 紙には下手くそな字で『クオンは身長七尺以上になったら刹那と結婚します』と書いてあり、血判の代わりらしき小さな子供の赤い手形がついている。


「これが証拠です! 」

「いちいち持ち歩いてんじゃねえよ! 」


 そう言って頭に拳骨を落とすクオンだが、頑丈なセツナは気にしていない。


「川に突っ込んで破けてないのが凄いよな」


 どうでもいい所に感心するイッペイ。


「そういえばそうだな。なんで破けないんだろ? 」

「しょっちゅう外で見せてるのになぁ」


 幼いころに書いた紙で始終持ち歩いているのに新品と見紛うばかりに綺麗だ。


「契約の魔法をかけましたので」

「子供の約束に何やってんだお前はぁ!!! 」


 思わず叫んでしまうクオン。


 契約とは神官系の魔人が使う魔法で、必ず実行されるのが『契約』である。


 この魔法の強制力は凄まじく、命を失おうとも実行させるところが怖い。

 強力な代わりに融通が聞かないのが難点で結婚を例に挙げれば「夫以外の人に肌を見せない」とすると顔はもとより足首などのわずかな肌も見せられなくなる。

 さらに言えば子供や自分であっても例外でなく、一生自分の姿が見れなくなると言うジレンマに悩まされる羽目になる。

 こういった不具合があるので余程の事が無い限りこの魔法は使わないし、使うときは必ず無効条件を作る。


「七尺以上(約210㎝)になったらっていう無効条件を入れてるのが久遠らしいよな」

「小さいころから危険には敏感だったんだ」


 ちなみに現在のクオンは5尺半強(約170㎝)の標準的な身長で留まった。


「うう、私が迂闊でした。もっと成長すると見込んでいたのに……」

「お前が迂闊でないときがあったか? 」


 セツナは魔ヶ津村最強の馬鹿とまで言われているほどの馬鹿でおつむが弱い。


「ほら、いくぞ」

「手を繋いでくれないと行かないです」

「……わかった」


 ぐき♪


「痛いです!クオン君痛いです!関節を極めないで!」

 

 クオンは複雑な関節技を極めながら領主の館に向かった。

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