大魔王クオンと英霊のマダラ

剣乃 和也

大魔王伝説の始まり

序幕 英霊の夢

 一人の男が布団で寝ている。


 その顔は非常に綺麗な顔立ちをしており、女性と見間違えるほどの美貌であった。

 とはいえ、彼の首から下を見て女性と間違える者は居ないだろう。

 筋骨隆々としたからだつきをしており、布団をかぶっていてもその屈強な体つきがわかるほどだ。


 彼の被っている布団は非常に豪華できわめて精緻な刺繍が施されている。

 彼の住んでいる部屋も、簡素ながら極めて綺麗で整理整頓されており、彼の性格とその貴き身分を物語っている。


 部屋は典型的な和室……に見せかけて所々が違う。

 畳によく似た敷布を床に敷いており、細かい部分が和室と違う。


 しいて言えば、現代風の和室と言うか、それとも外国人が考えたなんちゃって和室と言うか……日本人から見ると違和感を感じる和室である。


 そんな不思議な部屋で彼はふと目を覚ました。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 少しだけ困った顔でむくりと起き上がる。

 これだけ綺麗な顔だと困り顔にも色気が出てしまうので、彼自身は「男らしくない」と気にしていた。

 そしてすぐ近くに置いてあった水差しを手に取り、湯飲み茶碗に入れようとしたら空だった。


「・・・・・・・・」


 彼が仏頂面で湯飲みに手をかざす。


チョロロロロロ


 


 彼は何も言わずにその水を一息で飲み、ゆっくりと立ち上がる。

 そして今度は障子戸に手をかざす。

 

スゥー


 誰も居ないのに小さな音を立てながら障子戸が勝手に開く。

 だが、そんなことを彼は驚きもしない。


 何故なら全て


創世魔王龍 九頭竜


 彼の一族は魔界でも高名な魔王の一族で、その能力はあらゆる物質を変成し、生み出し、消滅させることが出来る。


 それだけでなく、巨大な龍にも変身できる魔界でも指折りの大魔王の一族である。


 そんな大魔王の一族にとっては障子戸に手も触れずに開けたり、水を生み出して飲むなどは茶飯事なのだ。


 彼は何も言わずに障子戸から外廊下に出て景色を見る。


 外廊下からは広大なヤオヨロズ島が一望できるようになっている。


 ヤオヨロズ島は800里(約32000㎞)四方ある島である。


 彼の住んでいる九頭竜宮は宮殿として大きいことは大きいが高さはせいぜいが15間(約30m)で彼が寝ている場所は宮殿の分宮と言われる本殿とは別の宮殿なので三階と微妙な高さである。

 

 

 普通であれば周りを見渡すのがやっとで、しかももっと大きい本殿が視界を遮るのですべてを見通すのが難しいのに何故一望できるのか?


 答えは大地が


 言うなれば大きな球体の内側に地面が張り付いているので周りが一望できるのだ。


「・・・・・・・・・・・」


 ヤオヨロズ島を一望すれば各地で明るい灯がともっており、まるで夜空に輝く星々の様にきらめいている。

 民草が健やかに生活しているからこそ暗くなっても灯がともるのだ。

 他の大陸を見渡してみれば平地なのに灯りが灯っていない地があった。


 悲しそうに呟く綺麗な顔の青年。


「一週間前までは煌々と灯していたのだがなぁ……」


 毎日、煌々と灯りをともしていた地域がここ数日真っ暗になっている。

 風の便りによると戦乱によって滅んだとの話だった。


 彼はヤオヨロズに灯る星々を見て感慨深げに呟く。


「千年前は戦乱に明け暮れていたと言うが……」


 自分が生れるよりもはるか前のことなのでわからない。


 ただし、彼ら魔人は千年の寿命を持つので千年前と言ってさほど大昔のことではない。

 精々がおじいちゃんのおじいちゃん世代である。


 ヤオヨロズの星々を眺めていると一人の侍従がひざまずいて声を掛けた。


「ユウエン様。いかがなされましたか? 」


 ユウエンとは彼の名である。

 この端正な顔立ちの青年は八百万を治めるクズリュウ大魔王一族で平たく言えば王子様である。


 魔界にとって大魔王とは尊称の一つである。


 元は魔界を作った創造神イセルの尊称で大魔神王という言葉から取ったものだ。

 そのため、大魔王とは魔王を従える皇帝のような尊称である。


 ユウエンは侍従の言葉に困り顔で答える。


「ちょっと変な夢をみたのでな……そのことを考えていた」

「変な夢ですか? 」


 侍従が不思議そうにしている。


「我がクズリュウ王家は誰から始まったか? 」

「それは……創世大魔王 クオン様からですが? 」


 侍従は少しだけ戸惑ってから不思議そうに答える。

 あまりにも簡単すぎて他の意味を勘ぐってしまったのだ。

 それに気づいてふふっと笑うユウエン。


「別に他意はない。この九頭竜大魔王国は今よりも6代前のクオン様が千年ほど前に開いた国だ……」

「は、はあ……」


 ヤオヨロズの人間なら子供でも知っているような当たり前のことだ。


 そして魔人の寿命はおよそ千年。


 6代前ぐらいでちょうどいいぐらいだ。

 そしてユウエンはもう一つ尋ねる。

 

「クオン様のヤオヨロズ制覇にもっとも貢献したのは誰か? 」

「え~と……」

 

 あり過ぎるので返答に困る侍従。

 よくある四天王で収まるような話ではないのだ。


「鎮魂神官イッキュー。火車のセクメト。雷獣のシゲン。三刀のフィラン……」


 次々と名だたる忠臣の名を上げる侍従。

 今のヤオヨロズ島を統べる中心的一族の始祖に当たる人物の名が挙がる。

 それを聞いて少しだけ困り顔のユウエン。


「もっと身近に一人居ただろう? 」

「身近ですか?……麗龍后様ですか? 」


 始祖クオンの王妃の名を上げる侍従。

 始祖クオンには常に傍らに居る伴侶を麗龍后と呼ばれている。

 麗龍后は良妻賢母の鑑と言われ、若くして亡くなったクオンの後を追い自殺したと言われるほどだ。


 だが、それを聞いて苦笑するユウエン。


「もっと身近な人物だ……もっとも人物と言っていいかは微妙だが……」


 それを聞いて侍従もはっとなる。

 始祖クオンの愛妻よりも身近な人物で人と言い難い人物と言えば一人しかいない。


? 」

「そうだ」


 ようやくお目当ての名前が出てきてほっとするユウエン。


「始祖クオンに常に憑りついていた亡霊であり、天下統一に貢献した英霊マダラだ」

「は、はあ……」


 英霊マダラについてはよくわかっていないことが多い。

 いつの間にか始祖クオンにくっついて、何かと助けてくれる守護霊的存在だ。


 この魔界では霊との対話は割とざらにある。

 鎮魂神官自体がこういった霊との対話で昇天させることを目的としており、鎮魂神官を介してであれば普通の人でも対話ができる。

 だが、侍従が不思議そうに尋ねる。


「英霊マダラがどうしたのですか? 」

「私は夢の中で英霊マダラになっていたのだ」


 そう言ってユウエンは侍従に語り始めた。


 この物語は混乱する八百万島を平定した創世大魔王クオンとその英霊マダラの物語である。


 彼らはどのようにして乱世を治めたのだろうか?



用語説明


 魔界イセリア


 創造神イセルが自分が作り出した神々に裏切られ、逃げるように地下に潜って作ったとされる地下世界。

 魔人と呼ばれる現実世界の百倍近い寿命を持つ人類が住んでいる。


クズリュウ大魔王国


 ヤオヨロズ島を支配する国で大魔王クズリュウ一族の国。

 魔王一族であるクズリュウ族は創造の力と九つ頭の龍に変化する能力を持つ。


 

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