第34話 徳人の徳
タルタは嬉しそうな顔で穏やかに言った。
「ただ、私は感謝してますよ。死んでから、もう一度人生をやり直したような物ですから、今はとっても幸せです」
「幸せ……ですか? 」
タルタの言葉にクオンが不思議そうに言うのももっともで、屍人は基本術者に使役されるものなので扱いは悪いとされる。
未練の成就よりも魔法で昇天させた方が早いので、屍人はほとんど苦役に近い。
だが、タルタは嬉しそうに続ける。
「ええ。イッキューは性的なことを除けば、極めて常識的で紳士的で立派な人格者です。ラダロアの鎮魂神官にはなぜかそういった人が多いですね」
「そんなもんですかねぇ。ただの苦役のように思えるんですけど……」
いくらなんでも死んでからも利用されると言うのはいかがなものかとクオンが首を傾げながら思っているとヤスナガが声を上げる。
「クオン。それは違うぞ? お前は儂に使えるのは苦役か? 」
「そんなことないですよ」
即答するクオン。
実際ヤスナガは優れた領主で村民は貧乏だが飢えるほどでは無い。
近隣が戦に明け暮れる中、むしろ平和と言った方が良いだろう。
「それと一緒じゃよ。上の人間次第でそこは天国にも地獄にもなる。隣のカザマの国を考えても見よ。ゾンビにはされておらんが地獄じゃろう」
「……確かに」
隣のカザマの国はキュウキという凶暴な君主で民草は苦しんでいるそうだ。
そこに比べればちょっとおかしいとはいえ、イッキューの下で働くのは天国だろう。
「そういう事です。イッキューの下でゾンビになってからは、むしろ生きている時よりも幸せですから」
「どんな人生だったんですか? 」
言った後でクオンはやってしまったことに気付く。
屍人になった時点で人生の最後はまともではない。
案の定、タルタの荷物をまとめる手が止まり俯いてしまった。
(やっちまった! )
(どうすんだよおい! )
クオンとマダラがマゴマゴしていると助け船が現れた。
「クオン君。あんまり詮索するのはよくないことだよ。誰にだって嫌な思い出はあるんだよ? 」
「し、失礼しました」
いつの間にかイッキューが戻っていた。
「もういいよ。僕が荷物をまとめるから先に門の前で待ってて」
「……かしこまりました」
イッキューの言葉にタルタがとぼとぼと歩いて行く。
困り顔で平謝りするクオン。
「すいません。そんなに悪い事だとは思わなくて……」
「まあ、仕方ない。気にしなくていいよ」
そう言ってイッキューが荷物をまとめ始める。
「彼女に限った事では無いけど、ゾンビになるのはこの世に未練があるからなんだよ。未練があるというのはいい人生を送っていない証左だ。あまり詮索しない方がいい」
「すみません」
平謝りするクオンに、ふふっと笑うイッキュー。
「特に彼女の死体はとても酷い状態だった。魂も怨霊と化していたんだよ。すなわちそれはとんでもない目に遭った証だ」
「二度としません」
優しく諭すイッキューに尚も謝るクオン
ぽんと荷物を叩いたイッキューは荷物を持って立ち上がる。
「大丈夫だよ。行く前に一言謝っておけば彼女も優しい女の子だ。許してくれるよ。それに……」
そう言って、イッキューは優しくクオンの頭をぽんぽんと叩く。
「君が優しい性格だとわかっている。ぼくたちはそんなことで人を軽蔑したりしないよ」
ニカっと白い歯を見せてわらったイッキューはそのまま玄関に行き、靴を履いて外へと向かう。
「では夕方ごろに戻ってまいりますのでご協力お願いします」
そう言ってイッキューは外へと出た。
罰の悪い顔をしたクオンはヤスナガの顔を見ると、ヤスナガは感心した目でイッキューが去って行った方向を見た。
「クオン」
「はい」
「素晴らしい方だ。余程の高位の神官に違いあるまい」
「そうですね」
性に関することを除けば、立派な人柄を思わせる人物だ。
徳の高い神官であることには間違いない。
「失礼のないようにな」
「かしこまりました」
クオンはそう言って外に出ようと草履に足を入れる。
どん!
「ププ~♪」
「……またお前か」
いつの間にか来ていたプップがクオンの背中に乗ってくる。
「一緒に行きたいのか?」
「ププ~♪ 」
嬉しそうに答えるプップ。
「まあ、いいじゃろう。それぐらいで怒る御仁にも見えんし、まあ、無いと思うがいざと言う時に役に立つじゃろ。一応相手は王種じゃからのう……」
前回の一件で何故かプップが鎧化すると強力な魔法が使えることがわかったのだ。
万が一のためにも一緒の方が良いだろう。
「大人しくしてろよ」
「プップ~♪ 」
クオンの言葉に嬉しそうにプップは答えた。
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