第24話 謎の旅人


 ここはマガツ村にあるタナカ家

 前に巨大アリクイが現れた時に真っ先に被害に遭った家だ。


 釜の中でお米がことこと音を立てている。

 家の中では子供達がガヤガヤ遊んでいる。

 お料理しながら子供たちを叱るお母さん。


「ちゃんと畑の片付けをしたのかい? 」

「今日はしたよ~」

(毎日やれよ)


 心の中で呆れるタナカお母さん。

 それを見ていた旦那さんが思い出したかのように立ち上がる。


「おっと片づけ忘れていたな。ちょっと行ってくる」


 そう言って旦那が外に出ようとするので、お母さんがその首根っこを掴む。


「私がやるからいいよ」

「お前は大変だろう? 俺がやるよ」


 そう言って外に出ようとするお父さん。


「やけに親切だねぇ」

「そんなことは無いぞ。お前の大切さが身を持ってわかっただけだ」


 そんな事を言いながら汗をだらだら流すお父さん。

 だが、そんなお父さんをにこやかな笑顔で睨むお母さん。


「まだ、お仕置きが足りないのかい? あんまり浮気するならちょん切った方が良いかねぇ? どうせネギさんに頼めば治るんだし」


 そう言って包丁を取り出すお母さん。

 それを見て、くるりとまわれ右するお父さん。

 鎮魂神官は癒しの魔法が使えるので病気以外は治せるのだ。


「き、今日はお前に任せておくか……」


 そう言って囲炉裏に戻るお父さん。


 先週の一件でお父さんの浮気がバレてしまい、信用は地に落ちていた。

 お母さんが気を取り直して釜の中を見てみると御飯がうまく炊きあがったようだ。


「ご飯ができたよ。じいちゃん呼んできな」

「は~~い」


 そう言って子供達が奥に居るおじいちゃんを呼びに行く。

 あらかじめ刺しておいた鮎を囲炉裏の周りに刺す。

 囲炉裏には味噌汁が出来ており、後はよそうだけだ。


 釜の飯をおひつに移し、囲炉裏の側に持っていく。


 さあ、夕餉の始まりだ!


 そんな時だった。


 どんどん


 大きくは無いが小さくもないノックが聞こえた。

 それを聞いて不審そうに眉を顰めるお母さん。


(ノック? )


 この辺の人間なら先に声を出すのでノックを先にすることは無い。


(誰だいこんな時間に? )


 ノックは別の地域の習慣なので、この辺の人間で使うとすれば猫神の一族ぐらいである。

 言い方を変えればドアの前に居るのは異邦人である。


「あんた」

「ああ」


 普段は道楽者の旦那だがさすがに異邦人とくれば笑ってはいられなくなる。

 こんな小さな村の場合、異邦人=盗賊の場合もあるのだ。

 ましてや乱世ですでに暗くなっている時間である。

 壁に掛けてあった槍を取り出して構えるお父さん。


 お母さんはゆっくりと戸に近づいて戸の向こうの相手に話しかける。


「どなた? 」


 戸外に声をかけると、なにやらごそごそと音がした。


『いやぁ~申し訳ない。旅の者ですが道に迷ってしまいまして……』


 夜なのにやたら陽気な声が返ってくる。


 あまり盗賊のようには聞こえないが、怪しいことには代わりに無い。

 慎重に戸のそばの窓から顔を出すお母さん。


「いやぁ~すいません。道に迷っちゃって」


 お母さんが顔を出すと戸外の男は笑顔で答えるのだが……お母さんは不思議そうに首を捻る。


(なんなんだいこの男は? )


 肌の黒い黒人で濃い顔立ちをしており、笑っている顔には白い歯がきらりと光っている。

 

 黒人はヤオヨロズ島では珍しいが知られていないわけではないし、少なからずいる。

 だが肌以上に目を引くのが来ている服である。


(毛服……? )


 猫神の者が弔事に来ている毛服(スーツ)の一種である。


 だが、そのスーツはなんと赤や黄色といった原色系の色をしているのである。


 猫神も派手好きだがこれほどの派手な色のスーツは使わない。

 そもそもスーツは弔問等の礼服で黒を基調としているので原色ギラギラの服は着ない。

 しかも何故か知らないが異様に似合っていた。


「なんだ? 」


 お父さんも窓から怪しい男を見て眉をひそめる。

 お父さんはお母さんに目配せをして、合図を送るとお母さんが尋ねた。


「あんたは何がしたいんだい? 」


 お母さんが軽快しながら尋ねても、その男は警戒など気にも留めずに答えた。


「いやぁ。もう暗くなったので一夜の宿とセ〇クスをお願いしたいのです」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


 男の言い分に二人の動きが止まった。


「おっかぁ?」


 お父さんが不審そうに嫁に声をかける。

 だが、お母さんは耳をほじほじしてほっぺたをパンパンとたたく。


「ちょっと良く聞こえなかったんだけどね。もう一回言ってくれるかい? 」

「すいません。宿! 」

「「・・・・・・・・・」」


 やたら元気のいい派手スーツの黒人を放置して二人は揃って窓から離れる。

 そしてお母さんはお父さんに声をかける。


「あんた……」

「……なんだ? 」

「あたしの聞き違いなのかね? あたしにはあの男がセックスしたいって言って来たように聞こえんだけど? 」

「俺にも聞こえたぞ? 」


 二人揃ってため息をつく。


「あんた断ってきて」

「わかった」


 そう言ってお父さんが窓に向かって叫ぶ。


「ウチのおっかぁとはセックスなんてさせんぞ! 」

(あんた……)


 浮気はするがそれはそれとして大事にしてくれること嬉しく思うお母さん。

 だが、黒人は全くひるまずに嬉しそうに声を上げる。


「奥さんがダメなら、旦那さんとやります! 」


 ガタガタガタピシャン!


 男の答えに猛ダッシュで押し入れに逃げて、そのまま隠れるお父さん。

 押し入れの中から「断ってくれ」という声だけが聞こえる。


(このショマダレが……感動返せ……)


 心の中で毒づくお母さん。

 ちなみにショマダレとは方言で根性無しという意味だ。

 仕方がないので意を決して窓の側に向かうお母さん。


「すまないがウチは貸してやれないよ」

「……そうか。申し訳なかった……」


 落胆した声が聞こえる。

 トボトボと歩いて去る男。


(悪い奴ではないのかもしれない)


 お母さんはなんとなくではあるがそう思った。


「前の道を上がった所に領主様の屋敷がある。そこに行ってみたらどうだい? 」

「ありがとう。あなたに良い生活があらんこと!」


 そう言って男は立ち去った。

 男が出した鬼火がゆらゆらと遠ざかり、後には静寂だけが残る。


 お母さんは鬼火が消えたのを確認して、外に出てみると後には何も残っていなかった。


「なんなんだい一体……」


 その問いに答える者は誰もいなかった。

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