第2章 彼氏彼女編(交際開始〜成熟期)

32 社畜とJKは初デートをする…

 「遊ぶ」という言葉が指す内容は、年齢とともに大きく変わるものだ。


 子供のときは、ドッジボールや野球、サッカー、鬼ごっこ、ゲーム、おままごとなどを指しただろうし、中高生になると街中へ出る可能性が高くなる。大学生になれば麻雀や女遊び(大智には無縁だったが)になる人も少なくないだろうし、オトナになれば「遊ぶ=飲みに行く」が大半になり、「じゃあ明日公園で朝9時集合な! かくれんぼしようぜ!!」となる確率は非常に低い。ゼロではないだろうが、通報されてしまう可能性は頭に入れておいたほうがいいかもしれない。


 もともとスポーツマンで、大学生になってからも個人的にマラソン大会に参加するなどしていた大智にとって、社会人になってから「遊び」の意味が余計に変わったことは悲しくもあったことだが、今になって思うと納得でもある。


 学生が同じクラスの人と一緒に遊ぶとき、近況報告をする必要はない。なぜなら近況を知っているからだ。だが、社会人になれば学生時代の友人とも別の職場になることが99.9%なので、近況報告から始まる。となるとドッジボールや鬼ごっこは不向きで、自然とごはんを食べながらになる。夜だとそこに酒が加わる。


 では、同じ会社の人と遊ぶときはどうなのか。近況報告が必要ないからドッジボールや鬼ごっこでもイケるのか。


 もちろん、そんなことはない。理由は単純だ。社会人は基本的に会社の人間とは遊ばないからだ。会社の仲間は『同僚』なのであって、そこから『友人』枠に入るのはごく一部しかいない。


 なんでそんなふうに感じてしまうのか、理由は上手く説明できないが、なぜだか『同僚』になった瞬間に『友人』から距離が遠くなるのだ……そう、例えるなら、女子が言う『一度、友達と思った男子は恋愛対象に見られない』のビジネス版という感じだろうか。結構上手く説明できた気がする。


 上記のような理由で、社会人5年目を迎え、社内外含めそれなりに知り合いも増えた大智でも、休みの日に誘えるのは高田くらいであり、彼はインドアでもあるので、会うとしても居酒屋が基本だった。


 大智は基本的に真面目で品行方正な性格だが、若干天の邪鬼な部分がある。だからこそ、そういう「遊び=飲み会」みたいな風潮は思考停止だと思っていたし、無駄にスポーツマンとしての過去を持っているがために、会社の忘年会のたびに「河川敷でキャチボールとかしたほうが楽しいよな。お金もかからないし」とか内心思っていた。ケチくさいと女性陣からひんしゅくを買いそうなので、口には出さなかったが。


 しかし、である。今日ばかりは、そんな『思考停止』を懐かしく感じていた。


「葉豆ちゃん、大丈夫かな……?」

「はい、なんとか良くなってきました……すいません、私」

「いいんだ。俺のことは気にしないで」


 謝りそうな雰囲気の葉豆。大智は彼女の言葉を静止するように言う。


 ここは二子玉川にある109シネマズ。から出たところにある、屋上の庭園。ベンチに大智と葉豆は並んで座っていた。より正確に言うなら、大智が葉豆の背中をさすっていた。


 理由はこうだった。この日、ふたりは待望の初デートを迎えた。


 大智が葉豆にOKの返事をしてから1週間。LINEでたくさんやり取り(文字を打つスピードの差のせいか、8割が葉豆のLINEだったが)をして、待ちわびて迎えた映画デートの日だった。


 だが、映画のチョイスが悪かった。ネットで面白いと評判のアニメ映画にしたのだが、それが日常系を装ったゾンビ作品だったのだ。想像を絶するスプラッター具合で、血が大量に舞い散り、しかも、主人公が発狂して自殺するという超絶バッドエンドだった。


 そんな内容だったので、葉豆、途中で気持ち悪くなってトイレに行ってしまうことになるのだが、暗がりなので口パクで伝えられるも大智には事態が伝わらず。戻って来たあと、何度も「出よう」とジェスチャーで伝えたのだが、葉豆は気を遣ったのかなぜか首を振り続け、結局最後まで居ることになった。終盤、葉豆はずっと目をつむっていて、気が気じゃなくて大智も映画どころではなくなっていた。


「すいません、私が『ネタバレは見ないで行きましょう』なんて言うから……少しはどんな映画か調べて行くべきでしたね」


 口元を押さえたハンカチの向こうから、葉豆が謝る声が聞こえてくる。大智は首を横に振る。


「謝らないで。俺ももっと慎重に考えるべきだったし……」

「大智さんのせいじゃないです……」


 葉豆が嬉しそうに自分からあれこれ提案してきてことや、デート自体が久しぶりだったこともあり、正直今回のデートでは、大智は引っ張るという感じではなかった……のだが、こうなってしまうと「もっと俺がしっかりしておくべきだった」という気持ちが生まれてくる。年上としては、ある意味当然の反応だろう。


 だが、自分を責めると、葉豆は余計に申し訳なさそうな顔をした。その様子を見て、大智はそこを話しても今は仕方がないと判断。話を切り替えることにする。


「てか、あのビジュアルだと勘違いしても仕方ないよ」

「ですよね……大智さんは楽しめました?」

「あ、うん。俺自身はそんなに嫌いじゃなかったかな? 結構昔のゾンビ映画のオマージュっぽいのもあったし」

「そうなんですね……」


 そこで、葉豆が少し言いにくそうな表情になる。


「私、じつは映画って普段そこまで観なくて……」

「あー、そうだったんだ」

「映画館だと『ドラえもん』と『コナン』と『しんちゃん』を観たことあるくらいで、あとはテレビでやってるような映画をたまに」

「なるほど……じゃあなんで映画館に行きたいって?」

「だって、なんかデートって感じがするので……」


 語尾にいく程声の大きさが小さくなることで、葉豆が照れていることがわかる。いつもは赤く染まるはずの頬がいつも通りの色なのは、さっきまで青白くなっていたせいだろう。


「あ、でも中国の『ブラインド・マッサージ』って映画とかドラマですけど『マッサージ探偵ジョー』とかは好きですよ?」

「なんだそのニッチな作品は……」


 さすが葉豆、と思う大智。自然と笑いがこぼれる。ふたりの間の空気も、穏やかさを取り戻してきた。


「まあでも高校生ってそんな感じじゃない?」

「たしかに映画オタクって感じの子はそこまで多くないかもです……」

「だよね。俺も観るようになったの大学からだもんな」

「そうなんですね……映画にも詳しいって、やっぱり大智さんオトナですね」

「やめてよそれ。なんかオッサンって言われてるみたいだし」


 大智がわざとらしく自虐めいた口調で言うと、葉豆はふふっと笑う。映画中に気持ち悪くなってから、久しぶりの笑みだった。


 ここ屋上(と言っても場所的には109シネマズと同じ高さ。109シネマズがエスカレーターを登った先にあるからだ)は、二子玉川駅周辺の中では、比較的人の少ない場所だ。ベンチや座ることのできる場所が多いのもあり、一番近い場所にいる人(大学生くらいのカップルだった)でも10メートルほど離れている。なので大智としては、あまり周囲を気にせず、葉豆との会話を楽しめたし、背中をさすることもできた。


 規則正しく動く大智の手を見て、葉豆が静かに微笑む。


「大智さん、ありがとうございます。だいぶ楽になりました」

「そう……じゃあ、そろそろ行く?」

「はい!」

「あ、でも無理に喋らなくていいからね。歩くの早ければ遠慮なく言って」

「あ、ありがとうございます……!」


 大智の言葉に、葉豆はニッコリと笑う。


 そして、ふたりは駅に向かって歩き始めた。


(手……繋いだほうがいいのかな?)


 大智はふと思う。今日は二子玉川駅の改札前で集合したのだが、映画まで思いの外時間がなかったため、一緒に並んでゆっくり歩くのはこれが初めてなのだ。葉豆は今体調が悪く、手を繋ぐには自然な流れと言えるが……。


 と、向こうから若い夫婦らしき男女がやって来ていた。すれ違うときに、大智たちのことをチラッと見る。反射的に、大智はふいっと視線を逸らす。


「どうかしましたか?」

 

 その結果、葉豆のほうを向いた。彼女はいぶかしげに、こちらを覗き込んできている。


「いや……なんでもない」


 そう言うと、葉豆は納得したのか、ニコッと微笑んだ。ふたりは歩くのを再開した。


 二子玉川は、ここ10年ほどで一気に再開発が進んだエリアだ。二子玉川ライズという商業施設が駅改札を出てすぐから100メートル以上にわたって続き、その向こうには結構広いバスターミナルがある。河口湖行きのバスなどもあって、利用客もそれなりに多い。


 その向こうには蔦屋家電や今日訪れた109シネマズがある。全体的にオシャレかつ新しいエリアで、若いカップルはもちろんのこと、若い親子連れも多い。都内の駅前エリアで、これだけベビーカーが多いのは二子玉川くらいだろうと思えるほど、いい意味で遠慮なくそこかしこをベビーカーが堂々と闊歩している。


 そして、そんなふうにオシャレで垢抜けた場所だからこそ、ウインドウも多く、大智は自然とそこに映った自分と葉豆の姿を見ることになる。109シネマズ横の屋上と違って、地上は行き交う人も多く、自然と周囲のカップルと自分たちを比べてしまった。


 そして、こう思う。


(どう見ても……彼氏彼女って感じの雰囲気ではないよな……)


 その理由は明白だ。ふたりの間の9歳という年齢差が、10代と20代という異なる年代にまたがっているからだ。


 9歳差という点だけをみれば、世の中にそんなカップルはいくらでもいる。事実、こうやってふたりでデートしてる間にも、女性のほうが随分若くみえるカップルを何組も、男性のほうが若く見えるカップルも数組目撃した。


 だが、それも両者がとっくに成人しているような組み合わせであり、いかにも女子高生くらいの葉豆と(これはどうしてそう思えるのかは謎なのだが、女子大生という感じではないのだ)、20代としてはやや老け顔に分類される大智とでは、正直カップルには見えなかった。だとして、一体何に見えるかと言うと、そう……


――兄妹――


 であった。


 より正確に言うのであれば、


――顔の似ていない兄妹――


 であった。


 世の中には妹好き、というか妹属性好きの男性が一定数いる。とくにこのサイトの男性読者はだいたい7割くらいは該当するはずだ。


 でも、大智はそういう趣味嗜好を持っていない。唯一の元カノも年上だったし、どちらかと言えば女性芸能人も大人っぽい雰囲気の、色気のある人が好みである。なので、葉豆と兄妹に見えてしまうことに戸惑いは感じても、喜びは感じなかった。


 まあ、明らかに恋人っぽく見えると、それはそれでアレなもかもだけど。


(でも、どうして兄妹に見えるんだ……)


 大智は比較的筋肉質な体型で、決して太っているワケではない。さすがに高校時代と比べれば5~6キロは増えているが、大学時代からはほとんど変わっていない。アラサーになってくるとお腹がぽっこり出てきて、体型にもオヤジ感を感じさせる男性が増えてくるが(実際、会社にもそういう人は少なくない)、少なくとも体型は若いはずなのだ。


(となると顔? でも顔は変えられないし……あ、服かな?)


 そう思い、大智は自分の服装を見る。半袖の白シャツに、紺色のセットアップという出で立ちである。足元はニューバランスのスニーカーで、パンツはロールアップしており、丈の短い靴下を合わせているので素肌が覗いており、我ながらいい抜け感になっていて……。


「葉豆ちゃん」

「なんですか大智さん」

「俺の服装ってどう?」

「え、めっちゃオシャレだと思いますよ! シンプルでオトナっぽくて、めっちゃ好みです!!」

「シンプルでオトナっぽい……なるほど。なんとなくわかった気がする」

「なんとなくわかった、ですか」


 大智の言葉に、葉豆はキョトンとする。大智が何を思っているのかまではわからなかったようだ。


(そっか。服装が明らかにオトナなんだな……)


 大智はもともと、オシャレに明るいほうではない。というか、疎い自負があるほうだ。もともと高校までスポーツに打ち込み、年中ジャージか制服で暮らしていた過去を持つため、オシャレへの感性は思春期の間に一切養われなかった。


 だけど、そういう自覚があったからこそ、大学生になった後は身なりに気を遣うようになった。友人にオススメされた美容院に行き、眉毛の整え方を覚え、オシャレな男友達に付き添ってもらって服を買い……という塩梅である。


 そこでもし、大智がこだわりの強い性格なら『CHOKiCHOKi』方面へ向かっていたのかもしれないが、彼にこだわりという概念はあまりなく、ご存知の通り基本的に受け身な性格なので、その男友達が「これなら無難だろ」という感じで選んでくれた『FINEBOYS』系統に行くことになった。ブランドで言えばHAREで基本的なアイテムを押さえつつ、随所随所で『SHIPS』とか『UNITED ARROWS』を混ぜる感じ。


 そんな過去を持つくらいなので、今でも自分のセンスにはたいして自信を持っていないのだが、社会人と学生は金銭的な余裕が違う。いくら社畜の大智でも稼ぎは学生たちより圧倒的に多く、というか社畜だからこそ残業代的なアレで稼ぎはそこそこあり、服にも多少はお金をかけることができるのだ。


 結果、今では『JOURNAL STANDARD』か『417 EDIFICE』ですべて揃えている。だいたいシーズンごとに渋谷にある店舗に足を運び、いい感じのマネキンを指差して「これ一式ください」という感じ。こだわりもなにもない買い方だが、オシャレのプロであるショップ店員さんがコーディネートしているだけあって、十分いい感じになるのだ。


 と、そういうこだわりのない性格の結果、大智は良くも悪くも、26歳にふさわしい服装をしている。清潔感があって程々にオシャレで、でもハイセンスすぎず、決して高級ブランドの服装ではない……という感じなのだ。


 でも、結果的にそれが葉豆とのギャップに繋がっているのなら……


「葉豆ちゃん、俺、もしかしたら『スピンズ』とか着たほうがいいのかな?」

「スピンズ!? え、なんでそんな高校生っぽい服を……」

「いや、高校生っぽい服だからだけど」

「すいません、余計に意味がわからず……」

「そ、そうだよね」


 大智は少しどもりつつ、葉豆に返答する。


(いかんいかん……俺、女子高生と付き合い始めて早速おかしくなってるのかもしれない……服装変えるとかおかしいし、てかそもそも年齢差を隠せないなんて付き合う前からわかってたことだろ……)


 ひとり渋い顔をしている大智に、葉豆は少し不思議そうな表情をしたが、なにも言わず、トタタと小走りに横につくと、そのまま静かに歩いていた。



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