17 モミモミ女子高生は『HIIT』をオススメする…

 ピコン。


 その日の夜。大智が自分の部屋で翌日以降の仕事の準備をしていると、スマホが鳴った。見るとLINEが来ており、画面には『戸山葉豆』の名前が表示されている。


 バトミントンをしたり、雑談に花を咲かせるなどして、大智と葉豆は結果的に2時間近く公園にいた。朝10時に待ち合わせてからかれこれ5時間ほど一緒にいたことになり、そこでさすがに解散する運びとなったのだが、そこで葉豆が「大智さん、LINE交換しましょうよ!」と言ってきたのだった。


『今日はありとうございました!』


 タップして開くと、そんなメッセージが届いていた。そしてその直後、


『大久保さん改め、だいちさん、あれから体の調子どうですか??』


 と、新しい文言が届く。


「『大久保さん改め』か……改めたつもりないんだけどなあ……」


 そんなことを大智は思い、思ったのでそうLINEに書こうと思ったのだが、


『好転反応なってたりしませんか?』


 またしても次の文言が届く。葉豆は文字を打つのが早いらしい。パソコンなら手早くブラインドタッチできる大智だが、現役JKの葉豆の指の速さには勝てないなと思った。


 ので、『大久保さん改め』のくだりにツッコミを入れるのはやめ、普通に返すことにした。


『おかげさまでめっちゃいいよ』

『整体してもらってバトミントンで汗かいて超健康的』

『それなら良かったです!!』

『疲れてはないですか??』

『まあ疲れてはいるかな。あれだけ運動したしね』

『あらま、正直者!!』

『でもなんか気分のいい疲れ方って言うか』

『お、それはいいことですね!!』

『運動とかストレッチとかでわかんないことあったら聞いてくださいね!!』


 そんな文言を見て、大智は思わず笑ってしまう。だって今日、葉豆はもう十分なほど、大智に体作りや疲労回復の方法について話してくれたのだから。



   ○○○



 葉豆の両親の話や恋愛の話ーーこれは大智にとって、まさに「柄にもない話」だったけどもーーを終えたあと、トークテーマは自然と健康に関することになった。中高年に差し掛かっているワケでもないのに、トークテーマが自然と健康に関することになるなんて、葉豆がいかに風変わりな女の子なのかがよくわかる。


 普通のJKならトークテーマも自然と……脳内で比較しようと思った大智だったが、よく考えなくとも彼にはJK知識がないので比較できなかった。社会人になってから学生と接する機会がそもそも少なくなっていたし、JKに限定すると高校時代からほとんど接していなかったのだから仕方ない。


 なんてことはさておき、あの少しむずがゆい恋愛相談のあと、葉豆が大智に話したのは『疲労とは何か』ということだった。


「大智さん、そもそも疲労ってどういう現象かわかります?」

「クイズ? えーっと……」

「正解は『これ以上、活動を続けると体に害が及びます』っていう警報です」

「答えさせてはくれないんだね……」

「警報という意味では痛みとか発熱と同じで、これは人間の体が持つホメ、ホメオスタシスのおかげなんです」

「あー、なんだっけ。たしか身体の状態を一定に保とうとかみたいな……」

「正解です! ダイエットしたときに途中で必ず停滞期が来るのもホメホ、ホメオスタシスのせいなんですよ」

「ふむふむ」

「で、そのホメオスタシ……シスを」

「あと1文字なのになぜ噛む……」

「……を司っているのが自律神経で、ここが体中の器官とか組織に司令を出し続けてて、生命維持のために身体機能を一定に保っているんです。でも運動とか仕事とかし続けると、自律神経もずっと働き続けることになるじゃないですか?」

「なるね。まるでブラック企業だ」

「それで、自律神経の中枢がある脳がダメージを受けるんです。これが疲労の正体と言われています」


 ホメオスタシスを噛み噛みなのはさておき、そして途中で大智がツッコミを入れたのもさておき、葉豆は真面目な面持ちで語り続けた。普段は柔和な笑顔を浮かべているが、筋肉のことになると真剣になり、ツッコミも受け流しがちになる……それが戸山葉豆という女の子なのだ。


「そして、自律神経の細胞や筋肉にダメージを与えるのは活性酸素という物質です」

「さすがの俺でも聞いたことがあるなそれ」

「運動のようにエネルギーをたくさん消費する活動をすると、酸素が多く消費されますが、それと同時に活性酸素が生まれるんです。もともと人間の体にはこの活性酸素を分解して体の外に排出するシステムが備わっているんですけど、活性酸素の量が増えすぎると処理が追いつかなくなっちゃうんです」

「ふむ。まるで少数の社員であり得ないほどの仕事をさせるブラック企業のようだ」

「結果、自律神経がダメージを受けて、疲労って形で限界ですってシグナルが出るんです」


 大智はスポーツマンではあるが、20代後半という世代や、地方出身で情報が今ほど入ってこなかった環境だったこともあって、栄養学やトレーニング方法に詳しいワケではなかった。だからこそ、葉豆の語る内容をところどころ難しく感じたのも事実ではあったが、説明上手だったこともあってなんとか理解することができた。


 と同時に、葉豆の話はとてもタメになるものでもあった。週末、彼女に整体をしてもらっていることで以前よりもかなり調子の良くなってきてはいたものの、それでも数年の社畜生活で地道に蓄積された疲労が、すべて解消されているワケではなかったからだ。


「そして、肩凝りや腰痛は人間が感じる疲労のひとつです。肩や腰の周りの筋肉の血行が悪くなってるということで、理由は寒さ、眼精疲労、姿勢の悪さ、ずっと同じ姿勢をすること、ストレスなどがあります」

「あー、サラリーマンは全部当てはまりそうだ」

「でも、もともと人間って肩が凝るのがある意味、自然な構造でして」

「ん、どういうこと?」

「片腕ってだいたい3~4キロくらいあるんです。つまり両腕だと6~8キロ」

「そんなあるんだ」

「もしそれだけの重さのダンベルを一日中持ってるとすると、普通に疲れるって思いません?」

「思う思う」

「そして、デスクワークの人だとずっと同じ姿勢なので、筋肉がずっと収縮した状態になります。これも凝りの一因ですね」


 筋肉がずっと収縮、つまり緊張しているせいで凝るというのは、好転反応について教えてもらった際に、軽く聞いた話であった。


「だからこそ、こまめに筋肉を動かして、血流を良くすることが大事なんです」

「なるほど。だから、こまめなストレッチが推奨されるワケだね」

「はい、その通りです! 可能ならスクワットや足踏みをしながら仕事するのもいいですね。ステッパーってトレーニング器具あって、メンタリストのDaiGoさんはそれしながら読書してるらしいです」

「へえ、そうなの……うーん、でもさすがにパソコン打ちながらスクワットは無理かな」

「え、でも自重ですよ? バーベル肩に担ぐとかじゃなく」

「あ、そういう意味じゃなくて。他の同僚に不審がられるって意味ね?」

「あ、そっちですか!!」

「逆にそっちじゃないほうは何だったんだ……?」

「会社ってそんな感じなんですね。スクワットぐらいで不審者って、大智さんの同僚さんって変わってるんですね~!!」


 冗談で言っている感じはまったくなく、葉豆は本気でそう思っているらしかった。つくづく、この子は天然だなあ……と大智は思う。


(まあ、彼女の高校は運動部が盛んらしいから、授業中でもハンドグリップとか握ってる人いるのかもだけどさ……でも、スクワットはないでしょ……)


 と、心のなかでそんなことを思っていると。


「でも、もちろんストレッチもいいんですけど、私的にはHIITを毎日するのがオススメです」


 葉豆が笑顔で提案してきた。


「HIIT……?」


 頭の中でアルファベットを並べてみる大智だったが、思い当たる言葉は彼の脳内には存在しなかった。すると、彼の表情で察した葉豆が、笑顔でこう続ける。


「高強度インターバルトレーニング、英語で言うと『 High-intensity interval training』です」


 葉豆は、ネイティブ顔負けのグッドな発音でそう言った。


「めっちゃ発音いいね。ホメオスタシスは噛むのになぜ……?」

「文字通り強度の高いトレーニングって意味で」


 そして、葉豆は大智のツッコミを無視して話を進める。筋肉とか整体系の話になると、冗談が通じなくなってしまうらしい。


「だいたい4分から、長くて10分くらいなんですよ」

「4分? そんな短いトレーニングで効果あるの?」

「これがすっごいキツいんです。実際にやってみると驚きますよ?」

「なるほど……葉豆ちゃんがキツイって言うんだから相当キツそう」

「やり方とかいつでも教えるんで気になったら言ってくださいね!!」

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