18 社畜リーマンは言われるがまま「HIIT」で汗を流す…

 と、まあそんな会話を大智は葉豆としたのである。


 葉豆によると、HIITはもともとトレーニング目的で開発されたものだいう。時間が限られているときにもっとも有効なトレーニング方法で、有酸素運動と無酸素運動の両方の効果を持つため、脂肪を落としつつ、筋肉をつけることが可能だとか。


 と言うのはトレーニングとしての一面を綴ったモノだが、葉豆によるとHIITは疲労回復にも効果があるそう。全身の筋肉を短時間で効率的に動かすため、収縮しっぱなしだった筋肉を伸ばして血流を良くすることができ、筋肉内に溜まった疲労物質を排出。結果的に疲労回復につながる……ということらしい。


「もちろんHIIT直後は疲れますけど、こまめに疲れることが結果的に疲労回復に繋がるんです」


 葉豆はそんなことを言っていた。


 すでに明日の準備や平日分の作り置き、部屋の掃除、洗濯など一通りの家事を終えていた大智は、早速『HIIT』のことを聞くことにした。


『今日教えてもらったHIIT、やってみようと思うんだけど』

『お!』

『なんかオススメのとかあるかな?』

『りょです! 送りますね!』


 その言葉から十数秒後、葉豆からYouTubeのリンクが送られてきた。直後、すぐに『この人のわかりやすいです!』との文言が葉豆から届く。


 クリックしてみると、いかにもトレーナーという感じの、筋肉質で清潔感のあるお兄さんが現れた。


「はい、今日は4分間HIITトレーニングです! みんなでいい汗かいていきまSHOWTIME!」


 よくわからないテンションでそう言ったあと、早速音楽が流れ、お兄さんが「最初はスクワットです!」と宣言。画面右上で『5、4、3……』と文字でのカウントダウンが始まった。すぐさま大智もそのモードに切り替える。


(ふむふむ、こんな感じか。楽勝だなこれ)


(なるほど、次はこの動きなのね……ふむふむ)


(……あれ……これ思ったより……)


 実際にやってみて、大智はHIITがどんなトレーニングなのか数分の間に理解した。


 簡単に言うとHIITというのは『限界に近い運動と、短い休憩の繰り返し』らしい。葉豆が送ってきてくれた動画では30秒の運動と10秒の休息の組み合わせで、これを6種目、連続してやる感じだった。


 種目はスクワットや腕立て伏せにアレンジを加えたもので、具体的に言うとスクワットに足を大きく上げる動作が加わっていたり、腕立て伏せの状態で片足を交互に前に持ってくる……みたいと言えばなんとなくイメージできるだろうか。


 多少のバランス感覚は求められるものの、ダンベルを使わない、いわゆる「自重」でのトレーニングなので負荷は大きくなく、危険性も感じない……のだが、始まって2~3分もすれば大智は、


「これ……意外にめっちゃキツい!!」


 ひとりでそう唸っていた。そう、HIITは想像以上にキツかったのだ。


 ここで息切れ中の本作主人公に代わって神の視点(※小説技法的意味合いであり、間違ってもイエスとかアッラーではない)による解説だが、HIITが短時間ながらもキツい理由は、主にふたつある。


 ひとつは「全力でやるのが前提」であること。たとえば、スクワットでも腕立て状態で足を交互に前に持ってくる動きでも、秒数のカウントより早いリズムで足を動かす感じ。脂肪燃焼効果を最大化するためなのだが、全力で動くと30秒でも、自重であっても想像以上にキツい。


 もうひとつは「休憩を取りすぎない」ということ。各メニューのインターバルは10秒から長くて30秒程度に設定されており、息が荒くなった状態で次のメニューが始まるのが基本である。このインターバルの短さがHIITが高負荷運動たるゆえんなのだ。


 結果、HIITには有酸素運動と無酸素運動、両方の効果が確認されているのだが、そこまでキツいことまでは知らなかった大智は、4分の動画が終了する頃には汗だくになっていた。


「ふ、普通に汗だくじゃねーか……」


 もともと筋肉質な体つきであること、営業の外回りで体力そのものはそこまで低下していないこともあり、最後までやり遂げられた大智だったが、正直想像の何倍も苦しく、結果的にバタッと倒れ込んでしまう。


 と、そのとき、ピコンと耳元で音が聞こえた。床に臥せったまま、情けなくも小刻みに震える手を伸ばしてスマホを取ると、想像通り葉豆からLINEが来ていた。


『どうでした?? 終わりました??』

『終わったよ』

『いやこれ、めっちゃいい運動だわ』

『ですよね!! キツくていいですよね!!』

『うん。もう汗だくだもん……』

『汗だく♡』

『わお♡』

『いい運動ですね♡』


 ……。


 女子高生がLINEでハートマークを使ってきた。それも3回も……事実だけを記せばそうなるが、状況が状況なので大智は全然テンションが上がらなかった。


『そのハートの使い方、さすがにおかしくない?』

『おかしくないですよ』

『あれ、葉豆ちゃん?』

『なにもおかしくないです』

『なんで急に♡も!も?なくなるんだ』


 そして、ツッコミを入れると文字だけのLINEが返ってくる。あの葉豆のことなので意図してやってるワケではなく、ただ天然なのだろうが、結果的に冷たく思えてしまう。


(薄々感じてたけど、葉豆ちゃんって天然でマイペースで……結果、わりと『絡みにくい』ほうだよな……)


 心のなかでそんなことを思わないでもない大智だったが、すると、葉豆からまたLINEが届いた。URLをコピー&ペーストしたもので、しかも5つほど連続で送られてくる。


『これ、オススメのHIITです! ひとつの動画だけじゃ物足りないときは他のをやるのもいいですよ!』


 その文言を見て、大智がこうつぶやいたのは当然のことだった。


「マジか……鬼教官だな……」


 しかし、追加でもう1回分HIITをしたのもあり、その日、大智は爆睡。22時頃に就寝するという、社畜とは思えない健康的な過ごし方になったのだった。

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