15 JKマッサージ師は社畜に恋愛相談をする…

 そして、自然と大智は葉豆の両親について尋ねる。


「お母さんがマラソン選手で、お父さんが整体師……ってことは、出会いもそういう関係の?」

「はい、お母さんの整体をお父さんが担当してたんです」

「なるほどなあ。あるんだね、そういうの」

「まあ、言ってしまえば社内恋愛みたいな感じですね」

「社内恋愛とは少し違う気もするけど……クライアントと付き合ったって感じかな?」


 比喩に、葉豆はクスッと笑う。


「で、そうやって整体したりして接してるうちに、だんだん変な気持ちになっちゃったらしくて……」

「え、変な気持ち? お父さんが?」

「いや、お母さんが」

「そっちかよ!」


 大智は思わずツッコミを入れてしまう。結果、近くを通ったボール遊び中の男の子がビクッとなっていた。子供を驚かせてしまった申し訳なさと、頭の中で変なビデオの映像を一瞬でも想像してしまった自分への嫌悪感もあり、大智は軽く頭を下げ、声のトーンも落とした。


「ってそっちでもどうかと思うけど……」

「でも、お父さんもお父さんでお母さんの筋肉の虜になってたらしくて」

「似た者夫婦だな……」

「で、その愛の結晶が私というワケです」


 葉豆はあっけらかんと、そんなふうに言う。発言内容はほぼほぼ下ネタなのだが、無邪気な笑顔や持ち前のルックスの良さ、サラリとした口調などのおかげもあり、いやらしさは皆無。むしろ、春の風のような、そんな爽やかさすら感じさせるのだからスゴい。


「似た者夫婦で、似た者親子ってことか」

「そうなりますね。まあ似た者親子って言うのは思春期の女の子としては、立場的に反論しておいたほうがいいのかな~って気持ちもありますけど」

「そう言いつつ、お父さんとお母さんのこと好きなのすごい伝わってくるけど」

「はい、大好きです。好きだし、ふたりとも尊敬してます」

 

 葉豆はニコリと微笑む。


「お母さんは今でも毎日走ってますし、お父さんも常に新しい技術とか知識を得ようとしてて。もう十分有名なのに、海外に勉強に行くこともあるんですよ!」

「それはスゴいね……君が異様に筋肉好きな理由がわかった気がするよ」


 笑顔で両親への尊敬を語る葉豆のことを、大智は素直にいい子だなと思った。自分が昔、ゴルフを半強制的にさせていた父親に対し、あまり褒められたものじゃない気持ちを抱いていたこともあるかもしれない。


「でも、親がふたりとも脳筋だと困ることもあって」

「困ることって?」

「教育方針とか独特なんですよ」

「たとえばどんなこと言われるの?」

「んー、『葉豆、お風呂早く入ってストレッチしなさい!』とか『今日タンパク質の摂取量少ないでしょ! 寝る前に豆乳にソイプロテイン混ぜて飲みなさい!』って言われるとか、『宿題忘れたの? 罰としてスクワット50回!』とか」

「ど、独特……」

「子供のときってスクワット50回って多いから、結局宿題やらないままだったり」

「そして教育になってない……」

「ですよねー。やっぱ変わってますよねー、うちって」


 葉豆ほどではないが、大智もスポーツ教育熱心な家庭に育った身だし、周囲にも体作りに熱心な人はそれなりにいた。が、戸山家の教育方針はちょっと異様、というか異質だった。


 そして、葉豆の話はなおも続く。


「そんな感じで、今でもお父さんが言うんです。『葉豆、いいか。付き合う相手はカラダで選べ。そうしたらお父さんお母さんみたいに上手くいく』って」

「カラダで選べ……」

「あ、カラダって言うのは筋肉の話ですよ?」

「わかってるよ、言われなくても」

「他には『いい筋肉の持ち主に悪いヤツはいない』とかも言ってた気がします」

「んー、すごい独特な教育……まさに脳筋」

「ですよね」

「俺も今までいろんな脳筋見てきたけど、そのレベルは初めてだわ……」

「でも、まあさすがに『カラダで選べ』というのは冗談半分だと思いますけど」

「逆に半分本気な可能性はあるのか」

「でも理由がある分、まだマシなのかもなーって」


 そこで、大智は葉豆の話が少し横に逸れたのを感じる。


「と言いますと?」


 感じつつ、話を聞いてみることにする。ベンチのうえで、葉豆は体育座りになった。それが大智にはなぜか、自分を抱え込み、守っているように思えた。


「周りの友達とかでいるんですよ。興味のない男の子から告白されて、全然好きじゃないけど、でも好きになれるかもしれないから『とりあえず付き合ってみる』みたいな」

「あー、ありそう」

「私、今、高校3年なんですけど、彼氏いたことない子のほうが少なくなってきてて、だから焦り……って言うのかな? あるんですよ、出来たことがない子たちには」

「だからこそ、『好きじゃないけどとりあえず付き合ってみる』ってことになると」

「そうなんです。でも、私、そういうのよくわかんなくて」


 葉豆はどこか自嘲のニュアンスも感じられる苦笑を見せる。


「だって、好きになれるかもしれないって、それってつまり『今は好きじゃない』ってことじゃないですか。『好きじゃない人と付き合うって何なの?』って」

「ふむ」

「だから、小さくても理由はちゃんとあったほうがいいかなって思うんです。顔が好きーとか、趣味が合うー、優しいー、とか」

「それがもし、『筋肉がいいー』だったとしても?」

「はい、それがもし『筋肉がいいー』だったとしても」


 自身の口調を真似て言った大智に、葉豆はふふっと笑いながらうなずく。


 そして、なにを思ったのか、いや、なにかを思ったのか、視線を少し先へと向ける。大智がたどると、そこにあるのは噴水広場だった。


 ふたりのいるベンチから見てやや少し低いにある噴水広場には、休日ということもあってか多くのカップルの姿があった。中高生くらいの初々しいカップルから大学生カップル、若い夫婦から老夫婦まで……様々な組み合わせの男女が、それぞれの時間を過ごしており、時折噴射する水に景色を自分たちの姿を写している。彼らの周囲だけ時間がゆっくりと流れているように思えた。


 少し離れた場所にあるその光景を、葉豆は遠巻きな様子で見ていた。実際の距離よりも遠巻きな目で、あえて例えるなら傍観者のような目で見ていた。


 そして、美しい口が開くと、こんな言葉を漏らす。


「じつは昨日、友達に告白されたんです」

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