14 JKマッサージ師は親について話す…
「てか、マジで体力なくなってるなあ……」
そんなぎこちない会話から数分後。
本気のバトミントンですっかり息切れしていた大智だが、ベンチに座って数分も立つと、さすがに汗は引いていた。と同時に、心地良い疲労を感じる。感じる……のだが。
「そりゃ社会人になって運動する機会減ったけど、まさか5分で息切れするとは思わなかった……」
「までも、バトミントンってああ見えて結構全身使いますし」
「おまけに葉豆ちゃんが左右に揺さぶりかけてくるからね」
「私、こー見えて意外と知略家なので」
「知略家ってより、トレーナーのように見えたけど」
「あはは。トレーナーかあ。んー、どーでしょー?」
大智がそう思うのは自然なことだった。葉豆はバトミントン中、「あはは!」とか「そーれっ!」とか「えいやっ!」とか言いながら、わざと前後左右に打ち分け、大智に動き回らせていたのだ。
「すごい動いてたからね、俺」
「す、すみません……」
「いや、謝ることじゃないけどね?」
「はい……あの、大智さんって普段どれくらい運動します?」
「それは仕事も入れて?」
「入れてです」
「まず行き帰りの通勤でしょ。週に3日は営業で会社の外に出て……あとは余裕があれば家で筋トレかな」
「筋トレ! いいですね!」
葉豆はわかりやすくテンションを上げる……のだが、じつは筋トレ以降は完全にウソだった。自分で運動習慣をカウントしたら、想像以上に少ないことに気づいて、見栄を張る感じで盛ってしまったのだ。
だが、大智はもともと、ウソが得意なほうではない。結果、葉豆への罪悪感と、そして自分への嫌悪感が生まれてしまい、だからこそ、こんなふうに続けた。
「で、でも、べつに毎日ってワケじゃないし、それに正直、ちょっと調子乗ってたとこあるかもしれない。昔、スポーツマンだったから、って」
「そうなんですか?」
「うん。葉豆ちゃんとバトミントンして思ったけど、スポーツする体じゃ全然なくなってるって言うか……葉豆ちゃんは『昔、やんちゃしてたんだよね』って言うオッサンはどう思う?」
「どう? 普通に格好悪いなあって思いますけど」
「だよね。でも、俺はそれの運動版的な」
「運動版?」
「今全然体動いてないのに、昔とった杵柄でさもスポーツマン的な雰囲気醸し出してたな……みたいな」
「なるほど! そういう意味ですか! あはは、大智さんって面白いですね」
「ウケ狙って言ったワケじゃないし、俺的には笑い事でもないけどね」
しんみりとした口調で、大智は言う。
会話内容からわかるように、大智は自身の運動能力の低下に大きなショックを受けていた。
営業マンとして日々、あちこち歩き回っていることもあり、日常生活で体力の低下を感じることはなかったし、もともとの体質なのか筋肉が落ちている感覚もなかった。むしろ、なかなか太れなかった高校時代に比べて、筋肉量は増えた気ですらいた……のだが、実際に激しく動いてみると心肺機能は明らかに低下しており、それ以外にも、柔軟性とか瞬発力と言った面がかなり低下しているのを感じざるを得なかった。
そして、大智がそんなふうに感じた一因は、葉豆にもあった。彼女は驚くほど、運動神経が良かったのだ。
全身をバネのように使って羽を打ち返す姿は、細身ながらも力強さに富んでおり、大智がオッサンになる中で失いつつある、柔軟性や瞬発力をこれでもかと有していた。あまりにもしなやかな体の動きに、大智は途中、見惚れて羽を打ち返すのを忘れてしまいそうになるほどだったのだ。
「やっぱスポーツって楽しいですねー!」
しかし、そんな大智の気持ちは知らず、当の葉豆はタオルで汗を拭いながら、ニコニコと微笑んでいた。無邪気で牧歌的な雰囲気は、休日の平和な公園にとても良く似合う。
柔らかな春の日差しが彼女の白い頬を照らし、首筋にまだ拭けていない汗の存在に大智は視線を奪われる。そう大きくないベンチに並んで腰掛けておるせいか、彼女の体温がすぐそこに感じられる気がした。
どこか背徳的な気持ちになりながら、大智は視線を外し、ついでに話題を自然にスライドさせる。
「葉豆ちゃんはさ、苦手なスポーツとかあるの?」
すると、葉豆がパッと大智のほうを向いた。
「苦手なスポーツですか? そりゃ、ありますよ! 長距離走は苦手です!」
「あー、そっちのタイプか」
「はい、そっちのタイプです」
くすっと笑いながら言うと、葉豆は少し離れた場所を走る市民ランナーたちに視線を向ける。
「私、昔から集中力があんまり続かないタイプで。景色が変わるとまだ堪えられるんですけど学校の長距離走とかってグラウンド何周とかそういうのじゃないですか。だから、途中で飽きちゃって」
「はは。まあ気持ちはわかるけど」
「だから、早く走り終わっちゃおうって思って、毎回一番でゴールしてました」
「……ん?」
「女子の中だとずっと学年1番で、男子より早いこともあったんですよ」
「……あ、苦手って遅いって意味じゃないんだ」
「そーなんです、タイムは良かったんです。だから高校も駅伝有名なとこからスカウトきたりしたんですけど、『走るのは好きじゃないんで』って断りました」
「なにその強者の余裕……」
「でも、学校の長距離走なんて4キロとか5キロなんで、それ以上になると気力が尽きちゃうと思うんですよね」
想像以上に葉豆はスポーツ万能な女子だったらしい。
結果、大智としては思っていたのと違う展開だったが、葉豆の口調が明るく、嫌味というものがまったくなかったため、不快には感じなかった。ある意味、天性のモノなのかもしれない。
そして、彼女はどこかしみじみとした口調で、こんなふうに続ける。
「でも、変ですよねー。お母さんがマラソン選手なのに長距離走だけが苦手って」
「え、マラソン選手なんだ? お母さん」
「はい、そうですよ! 富久南帆子って言うんですけど……知ってたりします?」
「富久南帆子……って知らないワケないよ! だって、オリンピック金メダリストでしょ?」
「正解です」
富久南帆子はとても有名なマラソン選手だ。高校時代までは無名だったものの、実業団入りしてから才能が開花。2度オリンピックに出場し、うち1回は金メダル、もう1回も銅メダルを獲得した、言わずとしれた国民的ランナーである。陸上系より球技系のスポーツが好きな大智でも当然その活躍は知っており、小学生のとき、銅メダルを獲得したほうのオリンピックをテレビで観た記憶もあった。
ちなみに、富久は引退後、解説者に転身。親しみやすいキャラクターで人気を博し、今でもオリンピックや国際的な大会の放送には必ずと言っていいほど出ている。ちなみに美人選手としても有名だった。
「へえ、あの富久南帆子さんが……」
だからこそ、葉豆の話に大智は驚いたし、と同時に納得もしていた。葉豆の運動神経の良さとか、筋肉への異様な熱意の理由の一端だと思ったのだ。
「お母さんが金メダリストってスゴいね……運動神経いい理由がわかった」
「そう言ってもらえるのは嬉しいです。でも、お母さんは私と逆で、走る以外全然ダメなんですけどね」
「あ、そうなんだ」
「はい。だから私が多少運動神経いいのはたぶんお父さんの影響でしょうね」
そう言うと、葉豆はふふっと嬉しそうに笑った。両親の話をして、恥ずかしさがありながらも、それ以上に誇らしさが出ている感じだった。
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