13 社畜リーマンはJKと気持ち良く汗を流す…

「はあはあ……」

「ふぅ……」

「はあはあはあ……」

「大久保さん、頑張って!」

「頑張ってって、言われ、てもっ!」

「足がガクガクですよ! 私久しぶりなんでちゃんとリードしてくださいっ!!」

「俺も久しぶりなんだから足くらい震えるしリードとか無理だ、よっと!!」

「あっ、飛ばしすぎです、よっ!!」

「それはごめんっ!!」

「あと息切れるの早くないですかっ??」

「それは葉豆ちゃんがめっちゃ動くからだ、よっと!!」


 葉豆の誘いから15分後。


 ふたりはアパートから徒歩5分くらいのところにある公園にやって来ていた。世田谷公園という名前で、野球場兼サッカー場やアーチェリー場、プール、噴水のある広場、全長1.1キロに及ぶ木々に囲まれたマラソンコースなどのある、この付近では一番大きな公園だ。


 サブカルな人には「『モテキ』のドラマで森山未來がPerfumeを踊ってたあの場所」って言えば通じやすいだろうか。『(500)日のサマー』をオマージュして踊っていたアレだ。サブカルじゃない人には余計わかりにくくなったかもしれない。


 世田谷の名を冠しているだけあって、ある意味、ここは世田谷区のシンボル的な存在だ。毎年10月には世田谷パン祭りが行なわれて多くの人を集めるし、そうでないときもサンドイッチ屋とかケバブ屋とか、近くの隠れ家ビストロがキッチンカーでパンやお弁当、ちょっとした惣菜なんかを販売していて、そこそこの人を集めている。近くには有名なハンバーガーショップやアップルパイ屋、ハード系パンを売ってるパン屋などもあり、まあ簡単にまとめると、雰囲気も品もいい公園なのだ。


 ゆえに、休日になると多くの近隣住民が集まる。親子連れはもちろんのこと、若いカップル、年配夫婦、国際結婚カップル、マラソンコースを走るランナーたち……色んな人が、それぞれの時間をのどかに、気ままに過ごす。


 そして、そんな世田谷公園に、大智と葉豆は遊びに来ていた。バトミントンをしに、である。


 広場から少し外れた、原っぱのようなところで合計30分ほどのプレイ……プレイと言うか、ゲームを終えると、ふたりはベンチに並んで腰掛けた。


「あー、暑い!」

「私も死にそうです!」


 季節はまだ春のはずだが、大智は大粒の汗をかいていた。横に座る葉豆も額から健康的な汗を流し、タオルで拭いている。木漏れ日がその額に反射し、キラキラ眩しく輝いて大智には見えた。木々の匂いが、心地よい風とともに鼻先をかすめていき、ベンチの背もたれから見上げた空は、青く澄んでいる。


 のどかな時間が、ふたりの間を流れていた。


 すると、程なくして葉豆がリュックの中からペットボトルを取り出し、大智に差し出した。


「はい、大久保さん、これどーぞ。飲んで下さい!」

「ありがとう。相変わらず気が利くね」

「いえいえ。一応整体後ですし、これもサービスの一貫ですっ!」


 葉豆がくれたのは、冷えたスポーツドリンクだった。BCAAが入ったものらしく、ラベルにデカデカと書いてある。一方、葉豆自身は「SAVAS」と書かれたプロテインシェーカーだった。ザバスってザなのになんで「S」なんだろう……いやあれは「Z」を反転させてるのか……などと大智は思う。そんなどうでもいいことを思うほど、リラックスしていた。


「葉豆ちゃんはオリジナル?」

「あ、そーです! グリコのハイポトニックCCDにクレアチンを混ぜたやつです」

「ハイポト……?」

「低浸透圧ってことです。胃から腸に流れるのが早いとかで、運動中でもすぐにエネルギー補給水分補給ができるんです。実際これ飲んでると楽なんですよ」

「へえ、さすが詳しいね」

「栄養について勉強するのも大事ですから。ちなみに、グリコは日本製だから少し高いですし、海外製のマルトデキストリンでもいいんですけど、私的にはこれが一番運動効率良くなる感じで」

「ははは……言ってること全然わかんないや…」

「ちなみに運動後はプロテインとグルタミンを混ぜて飲むといいですよ! 私も整体後にはプロテイン飲んでますし!」

「うん、覚えておくよ。ありがとね」


 大智としては社交辞令で言ったつもりだった。が、葉豆はSAVASシェーカーを持ち上げてこう続ける。


「よかったら大智さんも飲んでみますか?」

「え……」


 思わぬ提案に、大智は一瞬反応に遅れる。結果、会話はそこで中断。それまで背景音として聞こえていた風の音や人々のざわめき、子供たちの声、犬の鳴き声……などが急に実感を持って耳の中に流れ込んでくる。


「あ……」


 すると、葉豆はなにを思ったのか急に顔を赤らめ、パッと横を向いた。


「え、葉豆ちゃん、どうかした?」

「すいません……私、急に馴れ馴れしく……」

「いやそんな、馴れ馴れしいとか全然……」

「『大智さん』……だなんて」

「いや、そっちかよ」


 大智としては、てっきり同じ容器で飲み物を飲むという提案をしたことが恥ずかしくなったと思ったのだが、名前呼びのほうだった。


「そっち……と言うのは?」

「いや、なんでもない」

「……そう、ですか」

「う、うん……」


 結果、噛み合わない会話と、どこかじれったい空気が生まれてしまう。

 

 でも、仕方ない。恋愛経験の乏しい大智としては、高校生の女の子から軽い感じで間接キッ……そんな提案をされるなんて思ってないし(だってリアル中高生時代にもそんな経験はなかったのだ)、名前呼びにしてもさりげなさすぎて、むしろ葉豆が頬を赤らめるまで気づかないくらいだった。


 しかし、大智は自分に言い聞かせる。お前はもういいオトナなんだ……だから、バトミントンはダメダメでも、こういうときはちゃんとリードしないといけない……と。


「全然大丈夫だよ。名前呼びでも」


 大智がそう告げると、葉豆が顔をあげる。


「本当ですか?」

「うん」

「ただのお隣さんなのに、距離感詰め過ぎかなって思ったんですけど……」

「マッサージしてもらって、お返しに料理作って、それもうただのお隣さんではないでしょ?」

「……たしかに。大久保さんの言う通りですねっ!」

「そこは『大智さんの言う通りですね』でしょ?」

「あ……」


 大智の冷静なツッコミを受け、葉豆はまたしても顔を赤らめる。


「もう……大智さんって結構イケズな人ですよね?」


 しかし、葉豆は赤らんだ顔を隠そうとせず、笑顔をこぼしながら、どこか弾んだような彼女特有の喋り口調を取り戻して、そんなふうに言ったのだった。

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