04 JKのマッサージで夜も爆睡…
休日出勤しながらも、18時過ぎに退社したこともあり、その日は比較的早い時間に帰宅することができた。
しかし、だからと言ってテレビを観たり、久しぶりに体を動かすなどの余裕はなかった。仕事中は気力にあふれていた大智だったが、さすがに平日みっちり働いたあとに休日出勤するのは相応に体力を消費する行為だったようで、その日は22時頃に寝てしまったのだ。
とは言え、これは普段2~3時に就寝することが多い大智にとっては、驚きの早さだった。
社畜未経験の学生などは、「終電まで仕事して家に帰って飯を食ってすぐに寝る」的な想像をしているかもしれないが、実際そうすることは難しかったりする。仕事で使って興奮状態にある頭を落ち着けるのに、最低でも3時間程度はかかってしまうからだ。
それに、社畜をしていると、家に帰って寝るだけの生活に嫌気がさすことになる。睡眠時間はあくまで生物として必要なものであり、人間としてはオフタイムが必要なのだ。だからこそ、夜遅くに帰ってきたのにわざわざ食べたくもない日高屋に寄ったり、ZOZOTOWNで着る保証のない服を買ったりしてしまうことになる。
だからこそ、なのである。22時に眠気が訪れ、布団に横たわっているうちに眠ってしまうというのは、大智にとって久々の経験だった。
○○○
そして翌朝、大智が目を覚ましたのは朝9時のことだった。睡眠時間はじつに11時間に及んだ計算になる。その質も良かったのか、夢はまったくみなかったし、途中でトイレに起きることもなかった。
体を起こすと、心地よさで体が満たされているのを感じる。まさにエネルギー満タン、ヒットポイントも満タン、という感じだ。
自然と壁のほうを見る。この向こう側にあのおしゃれな部屋があって、しかも今風の女子高校生が修行を行なっているというのは、一夜明けた今でも信じられないことだった。『ハチクロ』で森田さんの部屋がサイバーパンクになってたときは笑ったけど、俺にも同じようなことが起きてるんだな……と大智はひとり笑う。
そして、外の空気を吸おうとベランダに出る。途端に春風が横顔をなで、近所の家の花壇から、くすぐったい花のニオイを運んできた。小鳥がさえずり、どこからか小さな子供たちが遊ぶ声も聞こえてくる。じつに平和な休日の朝だった。
と、そのときである。
「葉豆ちゃん、またよろしくね」
「はい! 私はいつでも大丈夫なので!」
アパートの入り口のところーー距離的にはすぐ近くーーを見下ろすと、そこには葉豆と若松美代子の姿があった。美代子は、このアパートの大家のおばあちゃんだ。昨日と違って私服姿の葉豆が美代子を気遣うように背中に手を差し伸べている。
(大家さんの整体してるって言ってたけど、こんな時間にやってたのか……)
大家さんは歳なので足が悪い。ゆえに、施術は自分の部屋ーー彼女は大家であると同時に、このアパートの101号室の住人なのだーーでやっていたらしい。大智が今の今まで気づかなかったのも当然のことだった。いくら壁の薄いアパートでも、1階と2階では声は届かないのだから。
そして、葉豆が美代子に手を振って去っていこうとしたその瞬間、
「あ、大久保さん! おーいっ!!」
ベランダにいる大智の姿に気づいた。途端に嬉しそうに笑い、手を振る葉豆。日曜の朝とは思えない元気さに少し困惑しつつ、大智も手を振り返した。
「あれ、もしかして知り合いだったの?」
「うん、そーなの!」
美代子は大智と葉豆の顔を交互に見て驚いた顔を見せる。隣の部屋を貸しているのに、知り合いだったとしてそんなにおかしくもないはず……そう思いつつも、大智はひとまず声を気持ち張り、話を合わせた。
「大家さん、戸山さんに整体してもらってるそうですね」
「ええ、そうなの。もともと秀樹ちゃん、あ、この子のお父さんのことなんだけど、秀樹ちゃんのお店に通ってて。でもあたし足が悪いでしょ? デイサービスも車で向かいに来てもらってるし。あ、デイサービスと言えばね……」
「おばあちゃん、話逸れてるよ!」
「へっ?」
全然関係ない近況報告に話題が逸れたので、葉豆がすかさず指摘する。そう、美代子は足が悪いだけでなく、ちょっとボケているのだ。
だからこそ、葉豆は話が逸れたことを指摘したワケだが、美代子はいまいちわかっていない様子なのでこう続ける。
「今、お父さんじゃなく私が整体してる理由話してたのに、途中からデイサービスの話になってたよ!」
「えー、ホントかい? あっはっは、そりゃたまげたっ!!」
「もー、マイペースなんだから」
「マイペース? マイペースってなんだ? 若者の言葉かえ?」
「えっーっと、マイペースってのは……ってまたおばあちゃんのペースに流されそうになってる!! ダメだ葉豆しっかりしろっ!!」
そんなふうに自分に言い聞かせながら、葉豆は自身の頬をぺちっと何回か叩いた。忙しい子である。
そして、葉豆は美代子のほうを向く。
「じゃ、おばあちゃんまた来週ね!」
「はいはい、じゃあね葉豆ちゃん」
葉豆は説明するのを諦めたようで、美代子はなにを説明されていたのか忘れてしまったようだ。
そんなふうに挨拶を交わし、美代子の姿は消えていった。小さな音がして、扉が閉まったことがわかる。
すると、葉豆が笑顔になった。
「お仕事お疲れ様ですっ! 遅くまで仕事だったんですねっ」
「ありがとう。これでも早いほうなんだけどね」
「そうなんですね。体の調子はどうですか?」
「おかげさまで肩とか首とかスゴい楽になったよ」
「あ、じゃあしっかり効いてたんですね!」
そんなことを、ベランダの上と下で会話する。見下ろしてるようでなんだか申し訳ないが、葉豆は一切気にしていない様子だった。
「おかげさまで……あ、でも、なぜか今になってちょっとダルくなってるかも?」
そして、大智がそう言うと、葉豆の目が光った。
「やっぱりそうでしたか……あの、大久保さん! 質問というかご提案があるんですけど!」
「はい、戸山さん……じゃなくて葉豆ちゃん、か。なんでしょう?」
「もしよろしければ、今からまた体揉ませてもらえませんか?」
「……今から?」
「はい。アフターケアって大事なので!!」
そんなふうに葉豆はにこやかに、しかしどこか有無を言わせぬ勢いで言う。彼女のなかでは2回目のマッサージをするのは、もはや既定路線であるかのようだった。
(どうしよう……)
結果、大智は正直、困った気持ちになっていた。
昨日、葉豆にマッサージされていたと知ったとき、大智は大いに驚いた。気持ち悪くなってお隣さんに体を揉んでもらうなんて、誰からも聞いたことがない話だったからだ。
しかし、こうやってベランダで2度目の提案を受けることになるのも、まったく予想していないことだったのだ。
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