05 JKはなぜか学校ジャージでマッサージする…

 そして、それから1分後。


 パジャマから部屋用のスウェットに着替えるという、最低限も最低限の身支度を済ませた大智は、葉豆の部屋にやって来ていた。


(昨日は例外だとして……ここまでテキトーな格好で女性の部屋に入ったこと、もしかしたら初めてかも……目やにとかついてないかな……)


 不安になり、目や鼻の穴付近などをそれとなく確認する大智。


 しかし、葉豆は例のごとく、そんなことは一切気にしていないようで、いそいそと施術部屋でセッティングをしていた。マッサージ台は顔部分に穴のあいた形状のもので、葉豆はそこに茶色いブランケットをかけたりしている。色んな人が使用することを考慮し、そうしているのだろう。


 制服姿で、施術地には学校ジャージに着替えていた昨日と違い、今日の葉豆は私服だった。淡い色合いの、シンプルなデニム地のワンピースで、彼女の清楚さがよく出ている。


 そして、そうやって女子高生の彼女が働いているのを見ると、年上の大智としては申し訳なくなる。


「あの、なにかやることあるかな?」

「あ、じゃあお湯沸かしてもらえます? お茶、好きなの飲んでもらっていいので」

「わかった」

「助かりますっ!」


 お湯を沸かすだけなのに……とツッコミを入れたくなるが、明るく嫌味のない言い方なので、大智は悪い気はしなかった。


 と、そこで葉豆が少し言いにくそうな顔になる。


「……なので、その間に、着替えてきますね」

「えっ」

「この格好だと施術できないんで。普段は誰も来てないうちに着替えるんですけど」

「……あ、あ、うん、そうだよね! それだと動きにくいよね! うんわかった!」

「すいません! 大丈夫な格好になってきますねっ!」


 そう言うと、葉豆は風呂場へと消えていく。一応、脱衣所のある造りではあるが、扉一枚を隔てた場所で現役JKが着替えている……というだけで変な気持ちになってしまう大智である。


(てか大丈夫な格好ってさっき言ってたけど……もし昨日と同じ学校ジャージなら、それはそれで大丈夫じゃない気もしてくるな……)


 色々話を聞き、また葉豆と接することで、葉豆が男をとっかえひっかえしたり、良からぬビジネスを行なってたりはしていないことは把握した大智だったが、とは言え彼女が少しズレた女の子らしいのもまた事実だった。そう考えると、学校ジャージが仕事着な可能性も十分ありそう……てかなんで学校ジャージなんだよ。中学のときのが着心地良くて捨てられないとかか??


「よっ、よーしっ! お茶、な、なにを選ぶかなー??」


 なので、雑念を払うかのように少し大きめの声を出した。


 戸棚には様々な茶葉、ティ―パックがあったが、いまいちやり方がわからないので後者を選択。ひとつをなんとなく選ぶと、台所にあるやかんに水を入れ、火にかける。程なくして沸騰し、あらかじめ茶葉パックをセットしておいた急須に注ぐと、良い香りが部屋の中に広まり始めた。


 と、ちょうどそのとき、後ろのほうからドアが開いた音が聞こえる。振り向くと……昨日と同じく、学校の体操ジャージに着替えた葉豆の姿があった。仕事着だったらしい。しかも、あろうことかフルレングスだった昨日とは違い、短パンだった。細身ながらも、女の子らしい肉感を感じさせる脚に思わず視線が奪わ……れそうになるが大智はアラサーの余裕を発揮。視線を外すために移動させると、手には綺麗に畳んだワンピースがあった。


「着替え、お待たせしました……」

「ううん、待ってないよ……どうかした?」


 葉豆はなぜか、先程より少し照れた様子だった。なので大智が尋ねると、彼女は少しモジモジしながらこう述べる。


「すいません、今気づいたんですけど……お恥ずかしながら今日、私、メイクしてくるの忘れちゃったみたいで……」

「えっ」

「学校に行くときもメイクしてるんですけど土日はしないこと多くて……」


 そんなことを、学校のジャージ姿で言う。とっくの昔に高校を卒業した大智からすれば、現役女子高校生がリアル体操服でいることのほうが、なんだかリアルでドギマギしてしまうのだが……やっぱりこの子は感性がズレているんだな、と思う大智である。


「えっ、照れるのそっち?」

「そっちとは?」

「いやなんでもない……大丈夫だよ。すっぴんってわかんなかったから」

「えっ!? ……それってもしかして、メイクしても大してかわいくなってないってことですか?」

「いや、そうじゃなくて! ……すっぴんになってもすごくかわいいと言うか……肌とかすごく綺麗だし」

「あ、あ、あ……」


 葉豆が悲しそうな顔をするのでそんなふうに弁解した大智だったが、当然ながら喋っている間に恥ずかしくなっていく。そして、言われた葉豆も、カヲナシのように言葉を失って、カーっと顔を赤らめていった。


 そして、いきなりパンと手を打つ。


「そ、そうだ! お、お茶、ありがとうございます! これで終わったあとに飲めますね!!」

「そ、そうだね!」

「でも、その前に整体! ですね!!」


 そんなふうに言いつつ、葉豆は施術部屋へとトタタと走って行った。恥ずかしさからこの場から逃げるかのようでもあり、また施術への楽しみを感じているかのようでもあった。


(この子、ちょっと変な子だけど……でも想像より全然いい子なのかもな)


 大智は内心、心のなかでそんなことを思い始めていた。



   ○○○



 そして、大智はマッサージ台のうえに座った。その横にある小さなイスに葉豆は腰掛ける。手には、カルテのようなモノが持たれていた。


 じつは整体を開始する前に、葉豆から説明が行なわれることになったのだ。普通は初回前にやるらしいが、まああんな展開だったので今やるのは、至って自然な流れである。


 というワケで大智は自身の体について記入した。忙しさから整体にはあまり行っていないこと、具体的に凝りを感じている箇所、頭痛やめまいの頻度、飲酒量、食事がどんな感じか……などなど、至って真面目なテンションである。


「ふむふむふむ……」

「どうだろう」

「正直、物凄い不健康ですね。仕事が忙しくて眠りは浅い。運動不足で、お酒も毎日だし、量も多め」

「え、でもストロング◯ロ2本だし」

「十分多いですよ。飲まなくても死なないんですから」

「たしかに」

「それにです」


 葉豆は大智にカルテを見せる。そこには人体の簡単なイラストーーおそらく彼女自身によるものだーーがあり、上に『凝りを感じる箇所を黒く塗って下さい』の文字があった。そして、あろうことか大智はそのほぼすべてを塗りつぶしていた。塗られてないのは前腕くらいである。この部位が凝るのは、地球上あまたの生物がいる中でゴリラくらいだろう。


「これだけ黒焦げにした人初めてです」

「黒焦げって……」

「まあでもわかります。昨日、肩の凝り方に正直びっくりしましたもん」

「そうだよなあ……自分でもいつもスゴいなと思ってたから」

「まあ自覚があるだけマシですけどね」

「でも、昨日は楽になったんだよ。あの後働いたのが良くなかったのか、今また硬くなってる気がするけど」


 すると、葉豆は優しく首を横に振る。


「まあそれは仕方ないですよ。仕事で凝る人が多いのに、『凝らないためには働かないのが一番ですよ』なんて言えないですし」

「たしかに」

「それでこれなんですけど」


 そして、さらに葉豆はカルテの、備考欄のところを示す。そこには大智が書いた『昨日、寝る前に少し気持ち悪かったです』という文字があった。


 そうなのだ。会社にいるときは快調も快調で、仕事が捗って仕方がなかったのだが、帰りの電車に乗ったときからダルさが出てきていたのだ。「きっと、電車で悪酔いしてしまったのだろう……(大智は昔から三半規管が弱かった)」と思って深く考えていたなかったが、葉豆は納得したかのような表情だった。


「あ、やっぱそうでしたかー。いやでもそーですよね。あれだけコチコチだったのが柔らかくなったワケですし」

「なんか納得してる感じだね」

「そりゃそうですよー」

「俺としてはこれ、書いていいのかなって思ったんだけど」

「大久保さん、今、大久保さんの体のなかでなにが起こってるかわかりますー?」

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