06 JKは「カラダ目当て」だと明かす…

「大久保さん、今、大久保さんの体のなかでなにが起こってるかわかりますー?」


 そんなふうに葉豆が問う。


「えっと」


 だが、大智はすぐに返答できなかった。じつは大智、元スポーツマンではあるが、その手の知識には乏しいのだ。


 しかし、葉豆はそこを非難することもなく、小さな子供の相手をする先生のように、優しく続ける。


「じゃあ、揉み返しとか好転反応って言葉、聞いたことありますか?」

「揉み返し……」

「あ、べつに卑猥な意味じゃないですよー? 私たちJKが挨拶代わりに友達の子のおっぱい揉んで、仕返しとばかりに揉み返すアレのことではなくて」

「いやべつにそんな想像してないから」

「あ、ホントですか?」

「逆にそんな想像しそうに見える?」

「いえ、見えないですっ! 大久保さん、真面目そうな顔してるので!」

「……」


 明るく朗らかな態度で、軽い冗談を言ってくる葉豆。そんな調子なので、大智は余計に自分の調子が狂っていくのを感じる。


 そんな彼の内心とは裏腹に、葉豆の説明は続いていく。


「まず揉み返しについて説明すると、これは施術のときに力を入れすぎて、筋肉が炎症を起きしてる状態のことです。お客さんの中にはとにかく強い力でやればいいって思ってる人もいるんですけど、普通に筋肉を痛めちゃうんですよ」

「ふむ」

「で、好転反応ってのは筋肉のハリを取ったり、骨格のズレを元に戻すことで起こる現象で。そもそも長時間同じ姿勢をしてたり、仕事しすぎたりすると、筋肉が縮んだり反対に突っ張っちゃりしちゃうんですね。ここまでわかりますか?」

「たぶん」

「で、それを整体で正しくしてあげると、流れが悪くなってた血とかリンパの流れが良くなるんです。そしたら、溜まってた疲労物質が流れて、逆に疲れた感じになるんですよ」

「あー、乳酸がぷしゃーって出る的な」

「そうです。もうぷしゃぷしゃもぷしゃぷしゃです!」

「そこ乗らなくていいよ」

「了解です!」

「なるほどなるほど……ってことは揉み返しと好転反応は全然違うと?」

「はい。ごっちゃになってる人多いんですけど」

「だから昨日のよる、体がだるかったのか」

「はい。まあ要するに血行が良くなってるってことですね。長くても1日とか2日で消えるので安心してください」

「わかった」

「あ、もし不安なら水分とってもらうといいですよ! そうすればオシッコと一緒に疲労物質排出されるんで」

「お、おう」


 最初こそ葉豆と一緒の部屋にいることに戸惑っていた大智だったが、彼女の明るいとトークに、次第に本当に整体店に来ているかのような気分になっていた。


 そして、葉豆はひときわ明るい声で言う。


「では、そろそろ施術していきましょうか」

「あ、うん。でも少しでいいからね?」

「え、なんでです?」

「ほら、あんま長くやると疲れちゃうと思うし」

「いえ! ひとりやったくらいでは疲れません!!」

「え、でも大家さんもやってたし」

「……もしかして大久保さん、整体されると迷惑ですか?」


 大智が本気で遠慮していると感じたのだろうか。葉豆がその美しい顔をゆがめ、悲しそうな表情を浮かべる。ので、大智は思わず焦った。


 べつに迷惑に感じたワケではなく、むしろありがたさしかない提案だったのだが、やはりただの隣人という関係性ーーまあ厳密に言えば彼女は隣に住んでいるワケじゃないので、そもそも隣人でもないのだがーーゆえ、好意に甘えていいのかと思ったのだ。


 でも、彼女に悲しそうな顔をさせるのは本位ではなかったし、罪悪感が芽生えた。かわいい子につらい思いをさせて喜ぶ男はいないのだ。


「そんなことないよっ! むしろありがたい、ありがたすぎる。社畜だからね」

「そっか。なら良かったです」

「でも、高校の友達とかやるのと俺にするのは違うよなって思っちゃうだけで……」


 そう告げると、葉豆はまた少し下を向いた。そしてそのまま、声が聞こえてくる。


「……大久保さん、違うんですそれは。私はべつに友達だからやってるとかじゃないんです……ただ彼らがいいカラダをしてるからやりたくなっちゃうだけで……」

「……ん?」

「若いし、日頃から鍛えてるからいい筋肉の持ち主が多いんです……」

「あ、そういう意味か」

「言ってしまえば私と彼らはウィンウィンの関係……たしかにタダではありますけど、べつにボランティアじゃないんです」

「あー、葉豆ちゃん? おーい……」

「この手に、色んな筋肉の、色んなカラダの感触を覚えさせることができるんです」

「うわ、もう全然聞こえてないな……」

「こんな言い方すると誤解招くかもしれませんけど、私はカラダ目当てなんですよ」

「本当に誤解招くね」

「ただみんなの筋肉を揉みたい。揉みしだきたい。ただ、本当にそれだけなんです……」

「揉みしだくって……」


 いよいよ確信を持ち始めていたが、この一見清楚で明るい女子高校生は、一般とは大分ズレた趣味嗜好を持っているらしい。


 そして、そこでようやく葉豆が顔をあげる。彼女の瞳は今や涙でうるみ、頬は赤く染まっており、そしてわずかに震える声がこう告げる。


「……でも、大久保さんはもっといい筋肉なんです……」

「……」


 どうしてだろう。褒められているはずなのに、これほど複雑な気持ちになるとは……基本的に他者の褒め言葉はありがたく真に受けるタイプの大智だったが、今回ばかりは眉をひそめる他なかったのだった。


「……とりあえず、今日はお願いしようかな」


 悩んだ結果、そう告げる。

 

 すると、葉豆は一気に笑顔になった。


「はいっ! よろしくお願いしますっ!!」

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