07 JKは猛烈な凝りに「うはっ♡」と喜ぶ…
そういうワケで、大智はおとなしくマッサージ台に横になった。
「では始めますね」
「はい。よろしくお願いします」
「痛かったら遠慮せずに言ってくださいね」
「はい、わかりました」
これまで年齢差もあり、また葉豆が嫌がっている素振りもなかったので初対面からタメ口で通してきた大智だったが、いざ施術の時間となると自然と敬語になってしまう。まるで客だ。いや、客だったほうが一般的には適切なのだが……隣人(JK)にタダでマッサージしてもらう不思議さを、大智は未だに拭えていなかった。
(でも。ちょっと楽しくなってきてるんだよな……)
しかし、同時にこの謎な展開を、自分が戸惑いつつも楽しんでいるのにも気づいていた。筋肉に対して前のめりすぎるところも含め、葉豆の一筋縄ではいかない、変わり者な魅力を、シンプルに面白いと感じ始めていたのだ。
上から大きなブランケットが体にかけられ、葉豆の手が肩から腰、お尻を経て脚へと移っていく。ブランケットを押し付けることで、体のラインがわかるようにしているのだろう。その後、背骨に沿って2本の指が上から下へと降りていく。歪みがないか確認しているのか、この動作は数回繰り返された。
昨日は意識がぼんやりしたなかで起きたため気が付かなかった大智だったが、マッサージ台の上には胸当て枕と呼べるモノが置いてあった。なので普通の布団やベッドに寝そべるより、背中や肩が浮き出ている感じだ。両腕はぶらりんとマッサージ台の外に投げ出されており、いい意味で力が抜けている感じがする。
「では押していきます」
「お願いします」
すると、大智は葉豆の手のひらを背中に感じる。場所で言うと肩甲骨の少し下、より細かく言うと広背筋の上のほう……と言えば伝わる人には伝わるだろうか。
「……うはっ♡ 大久保さん、めっちゃ凝ってますねえ……!!」
「あの、なんで嬉しそうなの?」
「ほぐし甲斐があるなって」
「左様ですか……」
葉豆の手のひらの圧が背中に訪れたことで、大智はふたつのことを感じていた。
ひとつは葉豆の言う通り、背中が物凄く凝っているということ。肩や腰に比べて普段凝りを感じる部位ではないが、葉豆が力をかけても、手のひらを押し返している感じがする。なるほど、こういう場所は圧がかかることで初めてどれだけ硬くなってるかわかるのか……などと大智は感じる。
そしてもうひとつは、葉豆が想像以上に力強かったことだ。身長は女子の平均くらいで細身の体型なのに、そうとは思えないほどの圧を感じる。
しかし、結果的にその思いがけない強さが、疲労を溜めに蓄えに蓄えた大智の体にはちょうどよく、絶妙な「痛気持ちよさ」に繋がっていた。
「大久保さん、力加減どうですか?」
「めっちゃちょうどいいです……」
「ふふっ……なら良かったです!」
「……葉豆ちゃんって力強いんだね?」
「んー、それはどうでしょう?」
葉豆は大智の言葉にうなずかなかった。それは大智にとって少々驚きだった。
「そりゃ普通の女の子に比べたら強いかもですけど、でも男の人に比べたらさほどでもないですよ?」
「あ、そうなの?」
「というか、今強く感じるのは私が体重を乗せてるからです。今、大久保さん見えないと思いますけど、私、片足浮いてますからね」
「なるほど」
「ちなみにどっちの足だと思います?」
「んー、左足?」
「……っ!! なんでわかったんですかっ!? 大久保さんエスパーですか!?」
「そんなの当てずっぽうに決まってるでしょ……」
「あ、そっか……せ、整体って結構色んなやり方があるんですよ!!」
「話の戻し方、なかなか強引だね君」
「だから私みたいに物理的に圧をかけてくタイプもいれば、ツボを局所的に押す人もいたり、関節のつまりを改善してゆがみを取って楽にするタイプもいます。だから、すっごい大きな男性が繊細な整体したり、逆に私より小柄なおばちゃんがめちゃくちゃ力強かったりするんですよ」
「なるほど、見た目によらないってことだ」
「そういうことです」
葉豆の声が少し嬉しそうに弾んだのを大智は感じる。
「うん、早速緩んできましたね」
葉豆が言うとおり、大智は自分の背中の筋肉が柔らかさを取り戻し始めているのを感じた。先程まで葉豆の手のひらを押し返していたはずなのに、今は彼女の指が筋肉の中に沈んでいくのを感じる。心なしか背中の感覚まで戻ってきているように思え、葉豆の手の小ささを今になって実感し始める。
そんなことを思っていたせいで無言になった大智。すると、背後から葉豆の、
「……んっ……んっ」
という声が聞こえてきた。普通に力をこめるときに漏れた声なのだが、いかんせん相手が相手ーー10人が見れば24人くらいは「美少女!」と言いそうな、男性にも女性にもウケそうな、老若男女問わないどころか美醜の概念が違いそうな宇宙人であっても「ワレワレハウチュウ……え、めっちゃかわいくね?」とか言いそうな女の子ーーなので、都のやんごとなき条例を破るつもりはない大智ではあったが、
(……これ、昨日みたいに寝てたほうが良かったんじゃ……)
そんなふうに思えてくる。
そんなふうに思えてくるのだが、もはや目が覚めて今から眠れそうもないし、その吐息は彼女が頑張ってくれている証拠でもあるので、結果的に話を再開させるという選択をした。
「……さっきさ、俺のこと『筋肉が特殊』って言ってたけど」
「はい」
「あれってどういうこと?」
「そうですねえ……わかりやすく言えば『素直な筋肉』と言う感じでしょうか」
「……余計わかりにくくなったんだけど」
「たしかに」
納得した葉豆に、大智が心の中でツッコミを入れたのは言うまでもない。
「まず、前提の知識を話したいんですけど、筋肉が硬くなるのってどういう理由かわかりますか?」
「疲れたとき?」
「もありますけど、他にも色んな要素があって。例えば長時間同じ体勢を取り続けると凝りますよね? それってなぜかと言うと、筋肉が収縮し続けてるからなんです。例えばこうやって……」
「……ん、なに?」
「今、私やってます! 実演してます!」
「見えないけど」
「こうやってですね」
見ろ、ということらしいので大智が顔をあげて後ろを振り向くと、そこには上腕二頭筋をムキッとさせている葉豆の姿があった。細身なのでマチョっという感じではなく、モニョっという感じ……というより、力こぶが小さくできつつも、色白なので柔らかそうな雰囲気が拭えていない。
「仮に8時間上腕二頭筋に力を入れて力こぶを作るように言われたら、どうなると思います? 『二代目なかやまきんに君』を襲名できるとかじゃないですよ?」
「わかってるよ。んー、そりゃめっちゃ疲れるんじゃない?」
「ですよね。でも、イスに長時間座るってそれと同じようなことなんです。腰方形筋とか腸腰筋とか、わかりやすいところで言うと脊柱起立筋がずっとムキッとした状態なんです」
「なるほど」
わざわざ力こぶをその目で見させたのは謎だったが、その説明は納得であった。納得しているのが伝わったのか、葉豆も満足そうに笑う。
そして、大智がベッドに寝そべると整体も再開。葉豆が腰の付近を手のひらでグッグッと押し始める。先程よりも下の場所だ。
「つまり、イスに座るというのは、これらの筋肉がずっと収縮した状態ということなんです。だからこそ日頃からストレッチしたり運動したりすることで、適度に伸縮させてあげることが大事なんですよね」
「となると、仕事中にストレッチするのも効果あるの?」
「あ、それめちゃくちゃいいですよ! ぜひやってあげてください。1時間に1回くらいのペースで!」
「んー、それは多いかも……白い目で見られるかな、周りに」
「なんでですか! タバコ休憩がOKならストレッチ休憩もいいじゃないですか! むしろストレッチ休憩のほうが健康的ですよ!」
「そりゃわかってるよ。でも会社ってのは不健康なほうが許容されるんだ」
「そうなんですか?」
「残業とか休日出勤とかパワハラとか、全部不健康でしょ?」
「あー、たしかに……働くって大変なんですねー」
神妙な、しみじみとした口ぶりだった。
「えっと話戻すけどさ、結局『素直な筋肉』って何?」
「あ、はい。えっと今、筋肉が凝るメカニズムを話しましたけど、こうやって体を揉みほぐすことで柔らかくなるんです。で、その柔らかくなるスピードって人によってかなり違うんですよ」
「へえ」
「お父さんのお客さんにもスポーツ選手いて、たまに触らせてもらうことあるんですけど、普段から激しいトレーニングしてるから硬くなってることも多いんです。でも、筋肉そのもんの質はいいから柔らかくなるのも早くて」
「ってことは俺もそういうタイプってこと?」
「まさにそうなんです……あの、大久保さんって昔なにかスポーツされてたりしました?」
そして、そこで葉豆の声のトーンが一段低くなった。
(あとがき:触ったときの柔らかさと、伸び縮みしやすいという意味での柔らかさはまた違うようです)
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