51 社畜はJKの親友と遭遇する…

 整体が終わったあと、大智と葉豆はいつも通り、近くの世田谷公園へと足を運んだ。


 ふたりの間では、もはやすっかり習慣化したルーティン。ビジネス書を読めば習慣化がいかに重要で、小さな日々の積み重ねが将来の自分を形成する的な話をたくさん見ることができるが、女子高生の彼女にマッサージしてもらって、一緒に公園でまったり過ごす週末を自分は積み重ねている。もし自分が本を出すなら『働き方2.0』とかじゃなくて『女子高生2.0』になるのかな、いやそれじゃ自分じゃなく葉豆が主役か。


 などと思ったりもする大智をよそに、葉豆は今までと変わらず、ニコニコと上機嫌に話をしていた。


「デスクワーカーって同じ姿勢を続けるんで、意外と脚の裏とか凝るんです。具体的に言うと膝裏の少し上くらい」

「ホントだ。今自分で押してるけどちょっと痛いもん」

「これがもしアスリートならハムストリングス、その中でもとくに大腿二頭筋が張るんですけどね。コリコリを通り越してゴリゴリ、もはやブリブリな感じで」

「ブリブリ」

「でも大智さんもそれに近いですからね? 最初に施術した日とか、あんまりにもブリブリで『これはほぐし甲斐がある……ジュル……』って思いましたもん」

「ん、気のせいだと思うけど今ヨダレ出てなかった?」

「いえ、気のせいです。私、たしかに筋肉に関しては変態寄りですけど」

「認めるんだ」

「でも公園で変なこと言うほどはしたない子ではないので」

「……そっか。ならいいけど」

「ちなみに、大智さんの部位のなかで一番ブリブリなのは……お尻ジュル」

「お尻です、みたいな感じで言ってもダメだからね?」


 そんな話をしつつ、葉豆は自分の腿裏やお尻に手を伸ばす。今日の私服は、ジャンパースカートに白いブラウスという清楚な服装だったが、丈はそこまで長くないので、ベンチに腰掛けている今は白い腿がチラ見えしている。そこに持ち前の握力で力が加えられるワケなので、大智としては思ったよりも心臓に悪いと感じた……まあ今ここで、自分の太腿に手を伸ばされるよりは平気なのだけども。


「平和ですねえ……」

「そうだね……」


 そして、そんな話を終えると、ふたりの間に言葉のない時間が訪れた……少し前の大智なら『沈黙』と形容していたであろうが、今はその表現は違うような気がした。それくらい、ふたりでいることが自然になってきているのだ。


「結局、私たちにはこういう過ごし方がお似合いってことかもですね」

「ん?」

「筋肉について話すってことじゃないですよ? 公園で過ごすってことです」

「そこはわかってるけど」

「……ほら、映画館とかカフェとか、無理にデートっぽいところ行かなくてもって意味で……」


 どこか照れくさそうに、葉豆は耳に髪をかきあげた。それはきっと、なにかしらの仕草をしていないと心が落ち着かないという理由ゆえだったのだろうけど、そうすることで逆に白い頬、首筋があらわになった。少し赤くなっているのを大智は見逃さず、だけども視線をそらして見過ごすことにした。


「そうなんだ」

「はい……も、もちろん大智さんとなら色んなところに行ってみたい、ですけど。でもそれが必ずしも定番な場所じゃなくてもいいなというか、行くにしても焦ることはないのかなーとか、うまく言えないですけどなんかそういうこと思って……」

「そっか。でも、俺としても自分たちらしい過ごし方を増やせるのは嬉しいよ」

「なら良かったです……えっと、はい」


 そう言うと、葉豆は優しく微笑んだ。なにか言いたげな感じにも思えたので、大智は少し待ってみたが、葉豆はなにも言い添えてこない。


 そして、少し居住まいを正すように背筋を伸ばすと、


「私、大学に行くことにしました」


 少しだけ大智のほうに体を傾けながら、葉豆はつぶやくように言った。


「……えっ」

「ダメですか?」

「いや、じゃなくて。前に悩んでるって聞いてたから」

「はい、そうなんですけど……」


 大智の言葉の意味を理解し、葉豆は少し照れくさそうに微笑んだ。


 付き合う前も、付き合ってからも感じていたことだが、葉豆という女の子はとてもスペックの高い女の子だ。彼女が整った見た目をしているのは、地球上で一番目の悪い動物と評されるモグラでもわかることだろうし、オリンピック金メダリストの母親、凄腕整体師の父親のDNAを引き継いだ結果、スポーツは万能。おまけに成績も良く、大智なんかよりよっぽどいい大学に進める学力を持っている。


 あとこれはノロケではないが、葉豆はとても性格がいい。少し思い込みの激しい節や風変わりな部分もあるが、彼女の人間的魅力を損ねるには至らず、むしろ人間としての複雑な味わいを増幅させているとすら感じされる……なぜか、ウェリントンメガネをかけたノリの軽い男の顔が浮かぶが、これはノロケではなく、事実を述べたまでだ。ファクトである。


 しかし、そんな葉豆はというと、整体師という、世の高学歴予備軍があまり抱きそうにない夢を持っている。ゆえに、進学実績を気にする、というかそういうことしか気にしない学校の教師にとやかく言われることもある……みたいな話をされた。


 なので、大智としてはてっきり「夢か大学か」的な選択をする可能性もあると思っていたのだが、想像よりも葉豆には現実的な部分があったらしい。


 そして、大智はそれを好ましく感じた。自分はかつて、プロゴルファーという職業を真剣に目指した者だが、いわゆる普通の進路に戻すのにそれなりに苦労をした。今でこそごくごく一般的な会社員として生活しているが、スポーツ選手を夢見てそれだけに打ち込んできた人間のなかには、他の生き方をできない者も多いわけで……そういうことを知っている者としては、葉豆の行動は良い意味で大人びていると感じたのだ。


「実際にどこの大学にするかとか学部はとか、そういうのはこれからなんですけど」

「うん」

「でも、行くことは行こうって。今はまだ、そうすることがどう将来の自分に返ってくるのか予想できない部分もあるんですけど、でも、焦る必要はないのかなって考えたんです」

「たしかにね。急ぐことはいいことだけど、焦っていいことはないし」

「あと、大学生になればお父さんの整体院でまたバイトさせてもらえると思うしで……高3でこんなこと言ってて、どうなのって思うんですけど」

「そんなことないよ。むしろ、何歳になっても自分の将来について考えるのは簡単なことじゃないから」

「そうなんでしょうか?」

「うん。この仕事何歳まで続けようとか、続けられるかとか、この会社でいいのかとか、会社員ですら思うから」

「大智さんでもそういうことあるんですか?」

「あるし、みんな思うんじゃないかなあ……」


 意図せず、なんだか自分の仕事の話に思いを馳せることになり、転職の2文字が脳内によぎった。だけど、今話すのは違うだろう……と思って、大智は自然に話をスライド。


「でも、ひとつ言えるのは、回り道が必ずしも悪いワケじゃないってことだと思う。むしろ、色んな道を知るには回り道するしかなくて、そうすることで迷子にもなりにくくなるというかさ」

「なるほど、道を知るのが回り道。たしかに最短ルート以外は全部回り道ですもんね」

「そうそう。だから、葉豆ちゃんが今悩んでることは、絶対に無駄にならないと思うよ。応援してる」

「はい……ありがとうございます。大智さんなら、きっと素敵な言葉で励ましてくれると思ってたんですけど、その通りでした」


 葉豆はニコリと微笑む。どこか負けを認めたような笑顔で、例によって大智は買いかぶり過ぎだと心のなかで叫びかけるものの、その笑顔の魅力、いや魔力には抗えない。し、高田との対話を通じて、若いからと言って葉豆を決めつけるのはやめようと思ったのも影響していた。目の前にいる葉豆と対話すれば、それでいいじゃないか……どこか、そんな風に思えたのだった。


 ……だけど、心地よい空気は予告なく、そこで終了することになった。


「あれ、葉豆じゃん」

 

 突然名前を呼ばれ、葉豆が横を向いた。大智も視線を送ると、そこにはおかっぱ風の黒髪ショートカットの女の子がいた。前髪が短いせいで、キリッとした眉毛が見えており、快活さと気の強さを感じさせる。葉豆とはまた違うタイプだが、十二分に美少女の部類に入るけど、どこか見覚えが……などと思っているうちに、大智は既視感の理由に気づく。


 以前、仕事中に葉豆が送ってきた学校での写真に写っていた子だ。写真では制服だったが、今日は私服。緑と白の切り替えが印象的なボーリングシャツに中にはロックT、太めのデニムパンツで頭にはカーキ色のキャップという、ちょいカルチャー感を感じさせるボーイッシュ寄りな出で立ちだ。なんとなくSHISHAMOのファンとかにいそうな雰囲気。


「えっ……あ、美空(みく)」

「ひとりで何してんのこんなとこで……ってひとりじゃないのか」


 葉豆はわかりやすく、困惑した表情を浮かべた。眉が八の字になり、口があわわと動き、おまけに美空と呼ばれた子の視線に誘われる形で大智のほうを向く。それを見て、美空がつぶやいた。


「えっと誰? この『オジサン』は……」

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